書評

『オルレアン大公暗殺――中世フランスの政治文化』(岩波書店)

  • 2017/08/16
オルレアン大公暗殺――中世フランスの政治文化 / ベルナール・グネ
オルレアン大公暗殺――中世フランスの政治文化
  • 著者:ベルナール・グネ
  • 翻訳:佐藤 彰一,畑 奈保美
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(464ページ)
  • 発売日:2010-07-30
  • ISBN-10:4000224077
  • ISBN-13:978-4000224079
内容紹介:
一四〇七年一一月二三日、パリの街角で起きたある殺人が、ひとつの社会の命運を大きく狂わせた。王国一の権勢を誇るブルゴーニュ大公のジャンが、王弟ルイを謀殺するという前代未聞の事件は、百年戦争、王の病気、教会分裂といった情勢とも相俟って、フランスを混乱と分裂の渦へと陥れたのである。暗殺には、いかなる政治・社会構造が内包されていたのか。人々はこのスキャンダルをどうとらえ、いかに対処しようとしたのか。中世史の第一人者が、事件という名の「歴史の泡」から中世社会のありようを読み解き、「事件史」の意味を問い直す。社会史を通り抜けた歴史叙述のあらたな到達点。

王弟謀殺がなぜ大混乱を招いたのか

歴史は長きにわたって「支配者(王、皇帝、天皇、将軍)の歴史」であり、同時に「事件(戦争、侵略、暗殺)の歴史」でもあった。だから歴史を学ぶということは「いつ、どこで、だれが、だれを、どんなふうに」を覚えることに等しかった。こうした史観に対して、支配者や事件は歴史の表面に浮かぶ泡のようなもので、本当の歴史とは海底の潮流を研究するものだとしたのがアナール派史学で、心性の変化の類(たぐ)いの長期的持続を重視した。近年はアナール派が優勢だが、しかし「9・11」を見ればわかるように、事件が時代の趨勢(すうせい)を左右することは十分にありうる。

フランス中世史の大家である著者が立つのはこうした二つの史観の総合である。著者は「事件は物事の上に浮かぶ泡だ。私が興味を持つのは海なのだ」というヴァレリーの言葉を引用した後、「泡も波も海も、ただ一つのものである。(中略)漁師が泡や波に注意を払わなかったら、何かしら危険を冒すことにならないだろうか。事件を無視する歴史家も同じではないだろうか」と述べ、事件の重視を提唱するが、それは昔の事件史への回帰ではない。アナール派史学の成果を取り入れ、事件に至る長期的持続を分析するのである。

本書で著者が取り上げるのは、一四〇七年一一月二三日、聖クレマンの祝日に起こったオルレアン大公暗殺である。オルレアン大公はフランス国王シャルル六世の実弟で、一三九二年以来狂気に陥っていた国王に代わって国政の実権を握りつつあった。このオルレアン大公の独走を苦々しく思っていたのが従兄(いとこ)のブルゴーニュ大公ジャン無畏公(むいこう)で、憎しみのあまり、刺客を放って王弟を殺害せんとしたのである。

では、なにゆえにこの王弟暗殺事件が歴史を決定的に「変えた」のか?

確かに、これは起こるべくして起こった出来事とは言えなかった。あり得ないはずのことだった。しかし、それは起きてしまった。そして、この予想外の出来事は、まさに当時の社会なるものの中に位置づけてみれば、決して説明のつかないことではなかった

しからば著者はどのような背景に注目してこの事件を説明しようとするのか?

事件以前、王は、高官同士の殺人事件が起きた場合、犯人に赦免を与えるというかたちでこれを収拾するのが常だった。ゆえにオルレアン大公暗殺もブルゴーニュ大公が赦免を受けていたなら、些細(ささい)な事件で終わったかもしれない。だが、ブルゴーニュ大公は赦免を拒否し、オルレアン大公の信奉者たちも国王が赦免を与えることを拒んだ。「オルレアン大公の謀殺それ自体が、例外的なことだったのではない。長く続いた混乱の原因は、双方が国王の赦免を拒んだことにある。このように、国内平和を犠牲にしても正義を希求したがゆえに、聖クレマンの日の謀殺は、シャルル六世のフランスにおける一種のドレフュス事件と化したのである」

つまり、王の赦免による曖昧(あいまい)な解決ではなく、正義の裁きを希求する「自分だけが正しい」という双方の思い込みが、その後に続くブルゴーニュ党(ジャン無畏公の党派)とアルマニャック党(オルレアン大公の遺児シャルルの義父アルマニャック伯を中心にして形成された党)の内戦を招き、これにイギリスの侵略が加わって、フランスはジャンヌ・ダルクの登場まで長い混迷を強いられるのである。

しかし、実をいえば、事件が事件を呼ぶこうした大混乱の記述(第2部「謀殺とその帰趨」)は著者の本意ではない。著者の本領はむしろ、事件を醸成するに至った状況の分析である第1部「社会の相貌(そうぼう)」において発揮される。すなわち著者によれば中世フランス社会の安定には各人が己の分限に留(とど)まるという「階層の秩序」が、「忠誠と愛」によって保たれることが不可欠であったが、それにはヒエラルキーが「尊重され、承認され、明示され、可視化されねばならなかった」。具体的にはこうした秩序は服装の差異と挨拶(あいさつ)・儀礼によって表されたが、しかし、「良く秩序づけられた社会という夢」は王の突然の狂気という予期せぬ無秩序によってもろくも崩壊する。かくして無秩序から生まれた暴力に対抗するため司法の厳格化と同盟という手段が出現するが、しかし、これらは逆に無秩序を加速することにしかならなかった。正義の裁きを求めての復讐(ふくしゅう)と懲罰がさらなる混乱を引き起こしたからである。

オルレアン大公謀殺から一年余り後、当時のパリ大学総長ジャン・ジェルソンは、正義なき平和はないが、正義が災厄の源であるなら、正義は平和という目的を失っていると訴え、ブルゴーニュ大公が赦免を拒むなら、赦免抜きの平和しかないという内容の「平和よ来れ」という説教を行ったが、このジェルソンの思想をわれわれはもう一度深くかみしめる必要があるのではないか。新しい史学の方法の提示であると同時に、「9・11」以後の現代人に対する教訓に満ちた良書である。(佐藤彰一・畑奈保美訳)
オルレアン大公暗殺――中世フランスの政治文化 / ベルナール・グネ
オルレアン大公暗殺――中世フランスの政治文化
  • 著者:ベルナール・グネ
  • 翻訳:佐藤 彰一,畑 奈保美
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(464ページ)
  • 発売日:2010-07-30
  • ISBN-10:4000224077
  • ISBN-13:978-4000224079
内容紹介:
一四〇七年一一月二三日、パリの街角で起きたある殺人が、ひとつの社会の命運を大きく狂わせた。王国一の権勢を誇るブルゴーニュ大公のジャンが、王弟ルイを謀殺するという前代未聞の事件は、百年戦争、王の病気、教会分裂といった情勢とも相俟って、フランスを混乱と分裂の渦へと陥れたのである。暗殺には、いかなる政治・社会構造が内包されていたのか。人々はこのスキャンダルをどうとらえ、いかに対処しようとしたのか。中世史の第一人者が、事件という名の「歴史の泡」から中世社会のありようを読み解き、「事件史」の意味を問い直す。社会史を通り抜けた歴史叙述のあらたな到達点。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2010年10月10日

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