自著解説

『憲法からみた韓国―「民主共和国」とは何か―』(名古屋大学出版会)

  • 2025/03/17
憲法からみた韓国―「民主共和国」とは何か― / 國分 典子
憲法からみた韓国―「民主共和国」とは何か―
  • 著者:國分 典子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(430ページ)
  • 発売日:2025-03-07
  • ISBN-10:4815811849
  • ISBN-13:978-4815811846
内容紹介:
韓国政治を枠づけてきた憲法体制の変遷を日本ではじめて包括的に解明、激しい政治変動のなかでの憲法の試行錯誤を、民主と立憲をめぐる歴史的理解や憲法裁判所の役割からとらえるとともに、キャンドル・デモや政治の司法化として現れる民主主義の韓国固有のかたちにも迫る、渾身の成果。
突然の非常戒厳宣布と、それに対する大統領・首相の相次ぐ弾劾訴追。政治の混乱が続く韓国では、弾劾審判を担う「憲法裁判所」の判断が一つの焦点になっています。「政治の司法化」ともいわれる現在の状況はどのように形作られてきたのでしょうか。

韓国における憲法裁判所の役割や憲法と民主主義の関係を日本ではじめて包括的に解説した新刊『憲法からみた韓国』がこのたび刊行となりました。著者・國分典子先生による書き下ろしの自著紹介を特別公開いたします。

大統領弾劾の背景にある、韓国固有の民主主義理解とは

かつて「近くて遠い国」といわれた韓国は、現代では名実ともに日本に最も近い国となりつつある。K-POPや韓国のドラマ・映画は日本のメディアを席巻し、韓国語も近年、大学で人気の外国語となっている。文化的にもメンタリティ的にも似たところの多い隣人。しかし、かれらとの付き合いでしばしば気づかされるのは、日韓の歴史問題もさることながら、1945年以降の韓国の歩みが日本といかに違ったかということである。

実は、憲法を学んでいた筆者が韓国に関心をもつようになったのは、大学院を出て留学した先の、当時の西ドイツにおいてであった。そこで多くの韓国人留学生と友人になった。折しも、それは1987年の民主化後初めての大統領選挙の頃であった。当時かれらは「選挙のために帰国したい」と熱く語っていた。南北分断が韓国社会に落とす影がいかに大きいかも、かれらから初めて学んだ。そして法学を学ぶ韓国の学生たちが日本法に非常に詳しいことに驚いた。日本人も韓国法をもっと知る必要があるのではないかと思い、実際に韓国語を勉強し始めるまでに10年かかったが、当時触れたかれらの民主主義への熱意は、韓国における立憲主義と民主主義についての筆者の研究上の関心の原点でもある。

本書の副題にある「民主共和国」は、韓国憲法第1条第1項に書かれた言葉である。「大韓民国は民主共和国である」というこの条文は、かつての盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領、朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾問題をめぐるキャンドル・デモの際に歌われた歌の詞としても有名である。憲法の条文がみんなで歌う歌になる……ということも、日本人の筆者からみれば、ちょっとした驚きなのだが(日本にも「憲法9条の歌」などがあるが、知っている人は少ないだろう)、この歌には、憲法に基づいて民主主義が守られなければならないというかれらの強い思いが込められている。


韓国における憲法と民主主義の歴史

本書は、このような韓国における憲法と民主主義の関係性を意識しつつ、大韓民国の誕生に至る過程とその後の問題を憲法の視点からみたものである。

前述の「民主共和国」についての規定は、制憲憲法以来、現在まで憲法の第1条におかれてきた。この「民主共和国」はどのように具体化されたのか。

臨時政府設立当時および戦後の建国の際の憲法案で目指された議会中心の民主主義のかたちは、そのとおりには結実しなかった。冷戦と南北分断によって議会が保守派によって独占されるという構造が生まれ、議会は保守派の間での政争の場と化した。一方、歴代大統領がイニシアチブをとった憲法改正は、大統領の独裁体制を生んだ。そして、南北分断に起因する安全保障問題を正当化の根拠として、戒厳宣布等、強い大統領権限の発動が行われた。

1987年に韓国は民主化を達成するが、強い大統領権限の骨格は維持された。議会については、国会法改正で熟議民主主義への方向性が模索されたものの、議会の機能不全は十分に解消されておらず、政党間の党利党略から抜け出せないという状況が続いている。このような中で民主化以降、国家機関のなかでひときわ国民の信頼を勝ち得た存在として浮上してきたのが憲法裁判所であった。憲法裁判所には、法律の違憲審査や公権力による人権侵害の訴えが提起されるほか、国会内での多数派による少数派の表決権侵害の問題や、大統領弾劾訴追のような高位公職者の弾劾事件も持ち込まれる。本来、政治の場で処理されるべき問題が裁判所の判断に委ねられるという「政治の司法化」が現代韓国の大きな特徴のひとつとして現れてきている。


非常戒厳宣布、弾劾訴追、憲法裁判所

こうした内容について論じた本書の校正が進みつつあった2024年12月3日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領により突如として非常戒厳が宣布されたというニュースが飛び込んできた。折しも、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺後の民主化の動きを阻むこととなった全斗煥(チョン・ドゥファン)らによる軍内部のクーデターを題材として韓国で大ヒットとした映画『ソウルの春』が24年夏、日本でも封切られたところであった。民主化して久しい隣国でこのような事態が起こったことは日本人にとっても大きな驚きであったが、韓国人にとってはよりいっそう、寝耳に水の衝撃であったと思われる。非常戒厳は6時間後には憲法規定に基づき、国会の要求により解除された。このことは、過去の戒厳宣布の事例が独裁体制の確立や強化に繋がったのと比べ、憲法に基づく手続が適正に機能したことを示したものではあった。しかしその後、野党が過半数を占める国会で大統領は弾劾訴追され、さらに大統領権限を代行することになった韓悳洙(ハン・ドクス)首相までも弾劾訴追される事態となり、混乱が続いている。これらの弾劾審判を行うのは憲法裁判所であり、その判断は今後の政局の帰趨に極めて重要な意味をもつことになると考えられる。

非常戒厳の宣布以前に書き終えていた本書は、この問題を直接扱ったものではない。しかし、政治的紛争の解決が憲法裁判所に委ねられるに至る韓国の歩みを描くことで、現在の事態の伏線を提示する内容になっているといえるだろう。政党間の争いの先鋭化に端を発し、大統領の強権発動、およびそれに対する弾劾訴追という、憲法上の権限を極端なかたちで用いた両派の対決が最終的に憲法裁判所の審判に行き着く構図は、本書が示した「憲法からみた韓国」の現代的位相といえる。

われわれの隣人たちにとって憲法がどのような意味をもち、その憲法が規定する「民主共和国」は今後どこへ向かうのか――日本社会のありようと比較しながら本書をお読み頂ければ幸いである。

[書き手]國分典子(法政大学法学部教授)
憲法からみた韓国―「民主共和国」とは何か― / 國分 典子
憲法からみた韓国―「民主共和国」とは何か―
  • 著者:國分 典子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(430ページ)
  • 発売日:2025-03-07
  • ISBN-10:4815811849
  • ISBN-13:978-4815811846
内容紹介:
韓国政治を枠づけてきた憲法体制の変遷を日本ではじめて包括的に解明、激しい政治変動のなかでの憲法の試行錯誤を、民主と立憲をめぐる歴史的理解や憲法裁判所の役割からとらえるとともに、キャンドル・デモや政治の司法化として現れる民主主義の韓国固有のかたちにも迫る、渾身の成果。

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ALL REVIEWS 2025年3月17日

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