前書き

『老いと介護の日本史: 「認知症」への眼差し』(吉川弘文館)

  • 2025/12/08
老いと介護の日本史: 「認知症」への眼差し / 新村 拓
老いと介護の日本史: 「認知症」への眼差し
  • 著者:新村 拓
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2025-07-23
  • ISBN-10:464230620X
  • ISBN-13:978-4642306201
内容紹介:
歴史にみる“老い”へのまなざしと“認知症”介護 〈老人介護に関わるすべての人必読〉古来、老化にともなう病や認知症(老耄(ろうもう))がいかに認識され、患う人びとがどのように介護され生活… もっと読む
歴史にみる“老い”へのまなざしと“認知症”介護 〈老人介護に関わるすべての人必読〉

古来、老化にともなう病や認知症(老耄(ろうもう))がいかに認識され、患う人びとがどのように介護され生活してきたのか。続日本紀・源氏物語・徒然草・官刻孝義録などの老人や老病に関わる記述から通史的に描き、実態に迫る。

[目次]

老いを見る眼と認知症介護の今昔―プロローグ

嫌われる老いと讃えられる老い
嫌われた老人の生理
長寿を祝う心と老苦を恐れる心
蔑まれた老醜と讃えられた老いの知

老人を支える養生法と医療
学者たちの説く老人論と医療
老いをいかに迎えるか
老人の健康を支える技と知識
近世における老耄介抱の実践

伝統的な看取りの作法
老いと病と死
近世における看取り

近現代の老人―「老耄狂」から高齢者福祉へ―
西洋医学の導入と囲い込まれる精神障害者
近現代の老人介護の担い手―「淳風美俗」の家庭内介護

戦後の老人福祉制度の展開―エピローグ

あとがき
参考文献

老いを見る眼と認知症介護の今昔

認知症とは状態をいうのであって病名ではないが、認知症という言葉は、公的には平成十七年(二〇〇五)から使われはじめている。それ以前は「痴呆(ちほう)」とか、「ボケ」「老耄(ろうもう)」などと呼ばれており、平安初期に編纂された『続日本紀(しょくにほんぎ)』では「神識(しんしき)迷乱し、狂言を発する」状態を、また平安中期の『源氏物語』では「年の積もりの悩み」「老いゆがむ」「ほ(惚)けし(痴)る」「ゆがみおとろへる」状態を意味する言葉として用いられていた。

平安末期の『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』では、「老耄」しているお前は「老いのみ老いて墓知らぬ狐」、すなわち、惚(ほ)けたお前は歳ばかりとって死に場所も知らない狐であると、悪態をつく場面で用いられており、「老耄」に対するイメージはきわめて悪い。中世の説話集や御伽草子(おとぎぞうし)などでも老父母を「朽ち果てた姿」と表現するなど、惚けた行動に対する冷たい眼差しが感じられる。

戦国期に活躍した医師曲直瀬道三(まなせどうさん)は『啓迪集(けいてきしゅう)』のなかで、「老人門」という老人医療を独立させた部門を設け、老人に多い病の筆頭に中風(ちゅうぶ)(脳梗塞・脳出血)を掲げていた。中風とは卒然として現れ「偏枯(へんこ)(半身不随)」をもたらす病であるといい、また道三の養嗣子(ようしし)である曲直瀬玄朔(げんさく)も自らの診療録を整理した『医学天正記(いがくてんしょうき)』の病類部門において同様に扱っていた。

それは中風および老衰が「老耄」をもたらし、「老耄」は「狂」の症状に似て健忘(けんぼう)のはなはだしい「廃病(はいびょう)」であると診ていたからである。医書には中風を発症すれば、手足が不自由になって起居も叶わず、寝たきりの果てに心が稚児(ちご)のごとくに愚かになると解説されている。

近世の介抱(介護)記録によれば、中風もひどくなってくると昼夜となく介抱者をののしり、大小便も横になっている床の上でしてしまい、「昼いね(居眠)、夜は寝さ(覚)めかち」となる昼夜の逆転(時間の見当識障害)が現れ、さらに「心もたとたとしく気ままなる事」のみを求め、風呂に入れようとしても菓子をくれなければ行かないと駄々(だだ)をこねるため、子どもをなだめすかすように機嫌をとらなければならず、また「いとけなき(幼い)子養ふことく、食事も箸をとり」て食べさせ、「昼寝の寝起きに手をそ(添)へて二便(大小便)の用」を済ませなければならないとある。

健忘により物事を覚えていられないため「同じ事を幾度もくり返し聞き」、「甚(はなはだ)短慮(気短か)」で、日増しに「頑愚(がんぐ)(愚かで強情)」となっていく。「老衰に随ひて僻言(ひがごと)(道理に合わないこと)」も増え、「今の事、今わすれ」てしまう。自分の権益が侵害されたと妄想し「不道理の儀」「非理の儀」をせわしく申し立てるが、話に脈絡がなく「老耄しているため取留(とりとめ)もない事ども」が多くなるとある。

そうなったとき介抱者が取るべき態度は、心を尽くして「種々の耄言(もうげん)」を「真(まこと)の事」と受け取り、少しも心に背かず安心させること。汚れがあれば拭き取り、昼も夜も付添いお世話すること。それが「孝心」にもとづく介抱とされていた。

介抱者は老耄者の言動に日々、振り回されているが、なかでも大変な症状は「老いほれて朝のこと昼には違(たが)い、夕の事明ければ変わる」こと、「物狂わしく成り行きて、夜半暁をもいわず、走り出」し、「昼夜の弁(わきま)えなく、思い立つまま何方(いずかた)へぞ行歩」してしまうこと、介抱者が「夜いたく(ぐっすり)寝入たる間に、舅(しゅうと)は一人起き出て臼(うす)の中にいはり(尿)」をしてしまうこと、寝所に張った蚊帳(かや)をすぐに引き裂いて外してしまうことであった。

いずれも、老耄の中核症状である空間や場所や時間などの状況把握ができない見当識(けんとうしき)障害、記憶障害、理解力や判断力の低下がもたらした行動である。

老耄が進行すると食事を昼夜に六、七度も摂取するようにもなる。「昼夜之差別なく毎々食事を好」むので、介抱者は常に食事の準備をして置かなければならない。極老となって「前後不覚の体(てい)」になるゆえ「自然と食事等過分に進」んでいるようにみえるともある。記憶障害、満腹中枢の障害のためである。

また老父が「日ことに帰る帰るとのみ」いい、杖を突いて走り回るので、その場にいた下部(しもべ)(召使)や息子が父を引き留めようとすれば、父は杖で息子らを打ち叩く。痛みに耐え忍んで父を背負って家に連れ帰る日々が、父の亡くなるまで六、七年もつづいたともある。男女とも夕暮れを迎えてそわそわする光景(夕暮れ症候群)は、現代の高齢者施設などでも見受けられる。

老耄による徘徊は近世中期、大きな社会問題となっていた。明和八年(一七七一)三月の京の「町触(まちぶれ)」には、烏丸(からすま)仏光寺下町の堺屋勘兵衛の借家に住む堺屋市兵衛が、当月二十日昼七つ時(午後四時前後)過ぎより「健忘症」によって行方不明になったとして、当時着用していた服装を詳細に記し、「右体(てい)之もの、うろたへ居(お)り候はば」、西御役所へ召し連れ訴え出るようにと命じていた。

現代でも同じような光景がみられる。夕方、「どこどこに住む女性が行方不明になっております。身長は何々、服装は何々で、心当たりの方は警察署までご連絡ください」と拡声器で呼びかけているのを時々耳にする。

「老耄」は老化に随伴する困り事として認識されてきたが、明治期に導入された西洋医学書の翻訳によれば、「老耄」は精神病である「老体狂(ろうたいきょう)」「老耄狂」と訳されている。それを解説した情報が家庭医学書などを介して国民の間に広まり、やがて各地に設けられた精神病院(精神科病院)が治療および収容の場となっていった。現代では高齢化にともなって認知症を抱える人が増えており、それに対応して精神科、神経内科・外科、老年科、心療内科、もの忘れ外来など多くの診療科が患者を診ている。

本書は日本社会において、老化に随伴する老病と「老耄」がいかに認識され、またそれを患う老人が人びとからどう見られ、どのように介護されていたのか、老いを考えるうえで不可避な問題を通史的にみたものである。厚生労働省によれば、団塊世代が七五歳を超える令和七年(二〇二五)における認知症有病者数は約七〇〇万人(六五歳以上人口の約二〇%)とあり、高齢化にともない今後もますます認知症有病者は増えていくことが予測されている。認知症は他人事ではなく、介護も含め誰でも当事者になりうるため、認知症についての理解が求められている。

[書き手] 新村 拓(しんむら たく・北里大学名誉教授)
『日本医療史』(編)吉川弘文館2006年、『近代日本の医療と患者』法政大学出版局2016年、『北里柴三郎と感染症の時代』法政大学出版局2024年、著書多数。
老いと介護の日本史: 「認知症」への眼差し / 新村 拓
老いと介護の日本史: 「認知症」への眼差し
  • 著者:新村 拓
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2025-07-23
  • ISBN-10:464230620X
  • ISBN-13:978-4642306201
内容紹介:
歴史にみる“老い”へのまなざしと“認知症”介護 〈老人介護に関わるすべての人必読〉古来、老化にともなう病や認知症(老耄(ろうもう))がいかに認識され、患う人びとがどのように介護され生活… もっと読む
歴史にみる“老い”へのまなざしと“認知症”介護 〈老人介護に関わるすべての人必読〉

古来、老化にともなう病や認知症(老耄(ろうもう))がいかに認識され、患う人びとがどのように介護され生活してきたのか。続日本紀・源氏物語・徒然草・官刻孝義録などの老人や老病に関わる記述から通史的に描き、実態に迫る。

[目次]

老いを見る眼と認知症介護の今昔―プロローグ

嫌われる老いと讃えられる老い
嫌われた老人の生理
長寿を祝う心と老苦を恐れる心
蔑まれた老醜と讃えられた老いの知

老人を支える養生法と医療
学者たちの説く老人論と医療
老いをいかに迎えるか
老人の健康を支える技と知識
近世における老耄介抱の実践

伝統的な看取りの作法
老いと病と死
近世における看取り

近現代の老人―「老耄狂」から高齢者福祉へ―
西洋医学の導入と囲い込まれる精神障害者
近現代の老人介護の担い手―「淳風美俗」の家庭内介護

戦後の老人福祉制度の展開―エピローグ

あとがき
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