翻訳家による現代韓国文学ガイド、というような軽い気持ちで開いた。だが読み始めて思わず座り直し、背筋を伸ばして読んだ。
日本でもベストセラーになった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)から、時をさかのぼるようにして韓国文学とその背景にある社会事象について述べている。ぼくは自分の理解がいかに薄っぺらなものだったのかを突きつけられ、恥ずかしくなった。
たとえば『82年生まれ、キム・ジヨン』は韓国の性差別を告発するフェミニズム文学だといわれる。だが男たちの女性憎悪の根っこには保守的な家族観だけでなく兵役の問題がある。そして、なぜ兵役があるかというと、いまだに朝鮮戦争が終わっていないから。セウォル号事件、IMF危機、光州事件、朴正熙のクーデターと軍事政権、そして朝鮮戦争。現代韓国の文学は、こんなふうに時代とつながっている。
本書を読むと、もっと韓国の小説や詩を読みたくなる。同時代の日本文学についても考えずにはいられなくなる。翻訳以外では初めての単著だというのが驚き。すぐれた翻訳家は、すぐれた批評家でもある。