元々荒々しく暴力的な自然と暮らす
暑い! ラジオから流れるニュースは、いのちを守るために冷房を使えと呼びかけている。冷房を使わないと死ぬかもしれないなんて、とんでもなく異常なことではないか。また、ある記事によると、2024年のパリの平均気温は、100年前に比べて3・1度も上がっているとか。いったい、人類はあと何年くらい地球に住んでいられるのだろう?本書は人類学者のエッセイ。気候変動とパンデミックの時代を生きのびるヒントを探す。ベースにあるのは南太平洋ソロモン諸島での調査研究で体験したことや考えたこと。そして宮崎駿監督のアニメ映画「もののけ姫」やマツタケ(!)が思考の補助線となる。
ソロモン諸島と現代日本とでは、ものの考えかたがずいぶん違う。土地についての話が象徴的だ。日本に住む多くの人は、人間が土地を所有していると考えているだろう。土地は登記され、値段がつけられ、売買される。ところがソロモン諸島では、登記された土地は5~6%にすぎない。ほとんどが慣習的所有地だという。
文字で記録された歴史を持たない彼らにとって、所有の根拠となるのはその土地についての祖先からの言い伝えであり、神話である。だから土地をめぐる紛争が起きたとき、昔からの言い伝えを覚えている老人の語りが重要となる。土地の歴史と記憶、いわば神話と死者が今を生きる人びとの生活と直結している。人間が土地を所有するのではなく、土地が人間を所有しているのである。
では登記簿や権利書が所有の根拠となる日本が進んでいて、口頭伝承や神話が生きるソロモン諸島は遅れているのか。そんなことはない。本書の最初の方で、著者がデング熱にかかって苦しんだ話が出てくる。その数年後、コロナ禍が世界を覆う。豊かで進んでいるはずの日本の医療体制は、あっけなく崩壊寸前に追い込まれた。
先進国の多くの人は、自然というものは規則正しく、穏やかだと思っている。世界は安定していて、安心できるものだと信じ切っている。そこから外れることなんて想定外。だからコロナ禍のようなことがあるとたちまちパニックになる。気候変動、異常気象も同じだ。だが、もともと自然は規則正しくもないし、穏やかでもない。荒々しく暴力的だ。
「プラスチックが新しい地層になるとき」と題された章がある。何百年後かの人類は、地面を掘り返し、人工物が積もり重なった地層を発見するだろう。人工物の廃墟、それが未来の人類にとって自然になる。
だからといって、それが絶望の未来だとは限らない。そこでマツタケの出番なのである。突拍子もない話に聞こえるが、これはアメリカの人類学者、アナ・ツィンが『マツタケ』(原著2015年刊、邦訳はみすず書房より2019年刊)で明らかにしたこと。荒廃したオレゴン州の森林に、戦争で故郷を失った難民らが流れ着き、マツタケを狩って生活しているというのだ(マツタケは日本に輸出される)。荒廃した自然と荒廃した人間社会(から逃れた人びと)が、マツとキノコに救われる。冷房装置なしで住めなくなった地球で生きのびるために、それぞれのマツタケ的なるものを見つけよう。