書評
『シリアの家族』(集英社)
圧政と内戦に追い回された人々
2024年12月、シリアのアサド政権が崩壊した。長く続いた内戦で、国民の4人に1人が難民になった。圧政と戦乱のなか、人びとはどのように生き、暮らしたのか。シリアの今を等身大で描いた本書は、開高健ノンフィクション賞を受賞した。簡潔な書名だが、そこには複数の意味が読み取れる。登山家からドキュメンタリー写真家に転じた著者は、取材で知り合ったシリア人男性と恋に落ち、2013年に結婚した。シリア人と家族になったのだ。夫は16人兄弟姉妹の末っ子。シリアで半遊牧民的な生活を送ってきた夫の家族は70人近い大所帯だった。
1970年に軍事クーデターで権力を握ったアサドは、民主化を求める声を徹底的に弾圧した。少しでも政治に不満を持っていると疑われれば秘密警察に連行された。人びとの間では密告が横行し、愚痴ひとつこぼせなかった。誰も信じられない社会のなかで、唯一頼りにできるのは家族だ。
実際、夫の兄(六男)は民主化運動に身を投じていたが、幼い我が子をひと目見るためひそかに実家に戻ったところを秘密警察に捕まった。誰かが密告したのだ。政治犯、テロリストとして連行された人の無事を祈る家族がシリアには無数にいる。
夫の家族の内側についても細かく描かれている。男性の世界と女性の世界がはっきり分かれている。ベドウィン(遊牧民)の文化とイスラム教スンナ派の影響が強く残っているのだ。家族であり外国人でもある著者だからこそ、両方の世界を見ることができた。
著者の夫は政府軍に徴兵されたが脱走して難民となった。日本で暮らし、子供も2人いるのに、「アラブの男にとって、家事や育児を積極的に引き受けることは文化的に恥ずかしいことだ」と公言してはばからない。心と時間のゆとりを大切にして、月に10万円以上は働かないことにしているのだという。そのしわ寄せは著者にいく。これもシリアの家族か。
その夫が第二夫人を娶(めと)りたいと言い出したので一騒動が持ち上がる。しかも、自分と第二夫人の生活費は著者に負担してほしいという。著者は驚き、怒り、呆(あき)れる。結局、夫の野望を打ち砕いたのもシリアの家族たちだ。夫の母や姉たちは怒ってののしる。決定的となったのは、夫の兄(五男)が見た夢。前年に亡くなった父が現れて第二夫人計画を否定した。家父長の権威は絶対だ。
大きな山場がふたつある。夫の家族は内戦を逃れて避難生活を送っているのだが、実家があった中部の都市、パルミラを著者は単身、訪れる。美しかったオアシス都市が無残な姿になっているだけではない。著者は秘密警察につきまとわれ、軟禁状態に置かれてしまう。
ふたつめはアサド政権崩壊直後のシリア再訪。消息不明となっている兄(六男)を捜してサイドナヤ刑務所を訪れる場面を読むとき、ぼくは無意識に息を止めていた。首都ダマスカス郊外のこの刑務所には、常時数千人が収監され、残酷な拷問が繰り返されてきた。奇跡的に生還した元囚人の証言は読んでいて身の毛もよだつ。
これからシリアの人びとはどうなるのだろう。アサド政権や秘密警察に協力した人びとは、今度は追われる身となった。彼らにも家族がいる。
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