書評
『異能機関 上』(文藝春秋)
異常な世界、そこに不思議な現実感が
キングの新刊は機会があると紹介することにしている。本書は昨年の刊行だが、私は日ごろやや硬い翻訳本を取り上げることが多く、本書の紹介が遅くなった。キングの作品は好きなのだが、好きな作品の紹介は楽しく、仕事の息抜きにもなる。キングはじつに息の長い作家で、現役としての経歴は五十年を超える。その間の作品をずっと読んできた。こういう著者が相手だと、読者も長生きしないといけない。五十年間、長い休憩なしに書き続けているのは驚くべきことだが、作品の質もあまり変わっていない。天性の作家といえよう。
今回の作品はたいへんキングらしく、主題はキング得意の一つ、超能力である。もう一つ、主人公が子どもたちで、子どもたちが協力して敵と戦うというプロットもキングの作品らしい。ただし、超能力そのものは話のかなめではあるが、暗示されるだけで、どのような能力かが具体的にはっきり説明されるわけではない。もともと存在していない超能力にかなりの現実感を持たせるためには、このあたりの扱い方は上手だというしかない。
物語自体は、それまで警官として働いていた街を離れ、別な田舎町にやってきた中年男の、なんということのない生活から始まる。キングの作品では、田舎町の何気ない日常がかなり丁寧に描写されることが多いが、そうした日常の描写が極端なホラーの世界とうまくつながりあって、異常な世界に不思議な現実感を与え、平凡な日常と隠れたホラーの世界を連結することになる。上下二巻のうち、上巻の初めはあまり特別なことは起こらないままに話が進行するが、主人公である天才少年がある夜、突然に誘拐拉致されて、辺鄙(へんぴ)な土地に所在している「機関(=研究所)」へと連れ去られ、そこで暮らすという話になってから、話が急展開する。その研究所には全米から特殊な子どもたちが集められ、社会の未来を予測して危険な人物をあらかじめ排除するという目的のために訓練を受けている。少年は研究所に勤務するある女性の助力と強力な能力を持つもう一人の子どもの手助けを得て、研究所からの脱出を試みて成功する。
脱出した主人公を研究所の女所長が追うが、逃げる主人公を助けるのは最初に紹介された警官上がりの中年男である。ここで何の関係もないと思われた二人の人物に関する物語が見事に交錯する。キングの物語上手には定評があるが、こういう例を見ていると、実にうまいなあと感嘆する。
私は昭和十二年生まれ、終戦時は小学校二年生だった。以後、米国文化の影響を強く受けたはずである。しかし、米国本土には二回しか行ったことがないし、住んだことも、留学したこともない。米国の社会について私が持つイメージは、かなりキングの影響を受けているに違いないと思う。何しろ翻訳、原文合わせて何冊読んだかわからない。そのため米国社会に関して、私はかなり奇妙で偏ったイメージを持っているに違いない。もっともトランプが再度当選したりするのを見ていると、それが本当に「奇妙」なのかどうか、そこを疑う。むしろキングの作品から与えられるイメージでもいいのではないかと感じてしまう。
ALL REVIEWSをフォローする
































