書評

『老いをみつめる脳科学』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)

  • 2024/05/12
老いをみつめる脳科学 / 森 望
老いをみつめる脳科学
  • 著者:森 望
  • 出版社:メディカル・サイエンス・インターナショナル
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2023-12-08
  • ISBN-10:4815730911
  • ISBN-13:978-4815730918
内容紹介:
分子レベルでの神経の老化を長年研究してきた著者による、脳の老化を様々な観点からわかりやすく解説した書。脳と神経細胞の構造の解説をはじめ、老化に伴う脳内ニューロンにおける分子の変化… もっと読む
分子レベルでの神経の老化を長年研究してきた著者による、脳の老化を様々な観点からわかりやすく解説した書。脳と神経細胞の構造の解説をはじめ、老化に伴う脳内ニューロンにおける分子の変化や百寿者の脳をMRIでみるプロジェクトなど、多角的に行われてきた脳の老化の研究について率直な味のある文章で詳述。アルツハイマー病の危険因子や、学習能力を高める遺伝子変化、長寿化サプリの虚実などのトピックについても根拠に基づいた見解を収載。

脳の老化研究、基礎から解説

脳の老化について、現在に至るまでの科学研究を、研究史を含めて基礎から丁寧に解説した一般向けの著作である。高齢化社会において、こうした分野で総説が書かれることは、もろ手をあげて歓迎すべきことであろう。

脳の解剖・生理学から説き起こし、次に神経成長因子を最初の案内として、化学的な視点からする現代の神経科学の発展とその結果を著者自身の研究生活にも沿って解説する。一般的に考えられる老化という主題になかなか届かないので、途中で投げ出したくなる読者もいるかもしれないが、脳についての現代の老化研究をきちんと理解したいと思うなら、どうしても必要と考えられる予備知識を与えてくれる。この程度で辛抱できないなら、現代科学はとうてい理解できないであろうと感じる。

内容がほとんど学術書に近いので、ところどころに息抜きのコラムを挟み、図表を適切に入れている。たいへん要領をえており、この点でも読者への配慮が行き届いた良書と言っていいであろう。直接、いわばマクロの老化に関する部分は、本書の最後の十一章「百寿者の脳をみる」、十二章「老化脳を守る」で取り上げられている。私自身は古い教育を受けたので、この本から新しい知見を得られることが多く、自分の誤解をあれこれ訂正せざるを得なくなった。百寿者の脳で灰白質の萎縮はあっても、機能が目立って落ちているわけではない例がある、という指摘で少し安心した。

脳の老化は他の組織や器官と違う面がある。脳の構造・機能の単位は神経細胞=ニューロンであり、ニューロンは分裂新生しないのが通常である。だから脳の老化は細胞の老化であって、どうしても話が微視的にならざるを得ない。皮膚のように細胞がどんどん分裂して入れ替わることはほとんどない。そのかわり樹状突起の棘(とげ)に軸索が付着するすき間、シナプスの動向が中心となったりする。話が細かい。だから対象が分子となり化学的となる。個々のニューロンの老化は細胞内の出来事なので、関連する遺伝子群とその産物の働きの解明が中心的な課題であり、本書の中枢はそうした考察の部分だと言えよう。そこでは化学的な研究が中心なので、専門用語に慣れない人には読みにくいはずである。私も分子的な見方は苦手なので、読書というより勉強になってしまった。

著者はアメリカでの研究歴が長い。コラムでもその時の幸せそうな感じが伝わってくる。現在の老化研究はアメリカがいわば中心であり、世界一お金持ちの国が研究に投入する資源には日本から見ればため息が出るほどの余裕がある。それをいわば無視して、最終的な研究成果を競って頑張ってみても、この前の戦争みたいになりかねない。

科学研究は知りたいとか、自然現象を解明したいとかいう動機で始まるが、現代ではそうした素朴な時期は過去のものとなり、全体にシステム化され、研究者はその中で一定の方向に動かされざるを得ない。科学に限らずどのような分野の仕事であれ、現代社会ではその意味での自由な仕事などほとんどないであろう。学問の自由とはなにか、本書とは直接の関係はないが、なぜか読後に考えこんでしまうことになった。
老いをみつめる脳科学 / 森 望
老いをみつめる脳科学
  • 著者:森 望
  • 出版社:メディカル・サイエンス・インターナショナル
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2023-12-08
  • ISBN-10:4815730911
  • ISBN-13:978-4815730918
内容紹介:
分子レベルでの神経の老化を長年研究してきた著者による、脳の老化を様々な観点からわかりやすく解説した書。脳と神経細胞の構造の解説をはじめ、老化に伴う脳内ニューロンにおける分子の変化… もっと読む
分子レベルでの神経の老化を長年研究してきた著者による、脳の老化を様々な観点からわかりやすく解説した書。脳と神経細胞の構造の解説をはじめ、老化に伴う脳内ニューロンにおける分子の変化や百寿者の脳をMRIでみるプロジェクトなど、多角的に行われてきた脳の老化の研究について率直な味のある文章で詳述。アルツハイマー病の危険因子や、学習能力を高める遺伝子変化、長寿化サプリの虚実などのトピックについても根拠に基づいた見解を収載。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年2月3日

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