後書き
『学名の秘密 生き物はどのように名付けられるか』(原書房)
学名――というと、なんだかいきなりむずかしい話だと思う方も多いでしょう。
まじめな学者がある法則にしたがってラテン語でつけるよくわからないもの、というイメージがあるかもしれません。
ですが、「ダーウィンのフジツボ」「デヴィッド・ボウイのクモ」「マルフォイのハチ」なんて学名があることをご存じでしょうか。
有名人にあやかってみたり、功労者をたたえてみたり、実は悪口であったりと、興味深い学名の数々はどのようにして名付けられたのか。そして、生き物はなぜ学名を名付けられる必要があるのか。
『学名の秘密――生き物はどのように名付けられるか』は、命名の決まりから命名権の売買まで、種の発見と名付けにまつわる物語をわかりやすく語った本です。多くの驚きに満ちた本書の訳者まえがきを公開します。
動植物の名前は一般名(日本語の名前は和名)とラテン語による学名がありますが、本書で取り上げているのは学名に関する献名の事例です。
献名に用いられる人物の多くは、その生物の発見にかかわった科学者や収集家、直接その生物とは関係ない偉大な科学者などですが、それに限定はされません。
歌手や俳優といった芸能人、スポーツ選手、政治家、命名者の家族、映画や小説の架空のキャラクターまで多種多様です。本書はそれらをさまざまな観点から紹介しています。
しかし著者の狙いは、単に人名由来の動植物を列挙することではありません。
本書ではダーウィンやビヨンセといった有名人だけでなく、重要な活躍をしながら科学史では忘れられている女性、生物種の標本収集に欠かせない役割を演じた無名の収集家や先住民など、一般には知られていないけれど科学に多大な貢献をした人々が、献名された人物として取り上げられています。
また命名された生物種も、ゴリラやモクレンといったポピュラーなものよりも、オサムシやシラミ、コケなどあまり目立たない地味なものが多く紹介されています。
おそらく著者は、ダーウィンやデヴィッド・ボウイといった名前で人目を引きつつ、華やかな人々や動植物の陰に隠れた科学者や生物種の存在を人々に知ってもらいたかったのでしょう。
分類学というのは地味な学問です。新たな生物種を探し出し、それが系統樹のどこに位置するかを判定し、分類して名前をつける。
生きた化石シーラカンス発見のように世界的なニュースになることは非常に稀で、衆目を集めることは少なく、分類学者が画期的な研究でノーベル賞を受賞した例もありません。ゆえに、研究を行う大学や標本を保管する博物館には、なかなか国の予算もつかないのでしょう。
けれども多くの生物種が絶滅の危機にさらされている現代において、地球の生物相をより正しく知って研究していくために、分類学は欠かせない学問だと言えます。
著者スティーブン・B・ハードはカナダのニューブランズウィック大学に所属する進化生物学者・昆虫学者。現在は動物と植物の相互作用や、生物多様性の進化を主な研究テーマとしています。そんな彼にとって、地球の生物多様性を守るのは何より大切なことだと想像できます。
現在、乱獲や気候変動により生物絶滅のスピードは加速度的に増しています。
世界じゅうで一日に100種もが絶滅している、とも言われます。
これは生物学者のみならず、人類全体にとって、地球にとっての大問題でしょう。
そんな悲観的な状況の中で、名もない研究者に目を向けてくれ、地味な学問に目を向けてくれ、(文字どおり)名もない生物に目を向けてくれ、と著者が読者に訴えかけているのが、本書の言葉の端々からうかがえるのではないでしょうか。
単なる好奇心からであってもこの本を手に取った方が、少しでもそんな著者の思いを感じ取ってくださることを願ってやみません。
(後略)
[書き手]上京恵(翻訳家)
まじめな学者がある法則にしたがってラテン語でつけるよくわからないもの、というイメージがあるかもしれません。
ですが、「ダーウィンのフジツボ」「デヴィッド・ボウイのクモ」「マルフォイのハチ」なんて学名があることをご存じでしょうか。
有名人にあやかってみたり、功労者をたたえてみたり、実は悪口であったりと、興味深い学名の数々はどのようにして名付けられたのか。そして、生き物はなぜ学名を名付けられる必要があるのか。
『学名の秘密――生き物はどのように名付けられるか』は、命名の決まりから命名権の売買まで、種の発見と名付けにまつわる物語をわかりやすく語った本です。多くの驚きに満ちた本書の訳者まえがきを公開します。
種の発見と名付けにまつわる物語には驚きがいっぱい
献名とは、特定の人物の名前を織り込んで生物に命名することです。動植物の名前は一般名(日本語の名前は和名)とラテン語による学名がありますが、本書で取り上げているのは学名に関する献名の事例です。
献名に用いられる人物の多くは、その生物の発見にかかわった科学者や収集家、直接その生物とは関係ない偉大な科学者などですが、それに限定はされません。
歌手や俳優といった芸能人、スポーツ選手、政治家、命名者の家族、映画や小説の架空のキャラクターまで多種多様です。本書はそれらをさまざまな観点から紹介しています。
しかし著者の狙いは、単に人名由来の動植物を列挙することではありません。
本書ではダーウィンやビヨンセといった有名人だけでなく、重要な活躍をしながら科学史では忘れられている女性、生物種の標本収集に欠かせない役割を演じた無名の収集家や先住民など、一般には知られていないけれど科学に多大な貢献をした人々が、献名された人物として取り上げられています。
また命名された生物種も、ゴリラやモクレンといったポピュラーなものよりも、オサムシやシラミ、コケなどあまり目立たない地味なものが多く紹介されています。
おそらく著者は、ダーウィンやデヴィッド・ボウイといった名前で人目を引きつつ、華やかな人々や動植物の陰に隠れた科学者や生物種の存在を人々に知ってもらいたかったのでしょう。
分類学というのは地味な学問です。新たな生物種を探し出し、それが系統樹のどこに位置するかを判定し、分類して名前をつける。
生きた化石シーラカンス発見のように世界的なニュースになることは非常に稀で、衆目を集めることは少なく、分類学者が画期的な研究でノーベル賞を受賞した例もありません。ゆえに、研究を行う大学や標本を保管する博物館には、なかなか国の予算もつかないのでしょう。
けれども多くの生物種が絶滅の危機にさらされている現代において、地球の生物相をより正しく知って研究していくために、分類学は欠かせない学問だと言えます。
著者スティーブン・B・ハードはカナダのニューブランズウィック大学に所属する進化生物学者・昆虫学者。現在は動物と植物の相互作用や、生物多様性の進化を主な研究テーマとしています。そんな彼にとって、地球の生物多様性を守るのは何より大切なことだと想像できます。
現在、乱獲や気候変動により生物絶滅のスピードは加速度的に増しています。
世界じゅうで一日に100種もが絶滅している、とも言われます。
これは生物学者のみならず、人類全体にとって、地球にとっての大問題でしょう。
そんな悲観的な状況の中で、名もない研究者に目を向けてくれ、地味な学問に目を向けてくれ、(文字どおり)名もない生物に目を向けてくれ、と著者が読者に訴えかけているのが、本書の言葉の端々からうかがえるのではないでしょうか。
単なる好奇心からであってもこの本を手に取った方が、少しでもそんな著者の思いを感じ取ってくださることを願ってやみません。
(後略)
[書き手]上京恵(翻訳家)
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