リメイクされる昔話、驚きの展開
まずは現在もよく知られる昔話の一つである「桃太郎」に着目してみましょう。本書では「桃太郎」を扱った二作品を紹介しています。一つは「桃太郎のライバル柿太郎」で、川に流れてきた桃を食べて老夫婦は若返り、二人の間に桃太郎が生まれます。隣家では川に流れてきた柿を食べて老夫婦が若返り、柿太郎が生まれます。柿太郎の両親は隣の桃太郎に負けじとばかりに、息子柿太郎を桃太郎より先に鬼退治に行かせようと躍起になります。柿太郎本人も頑張って先に鬼ヶ島に向かいます。けれども残念なことに柿太郎はあっという間に降参し、鬼の家来になってしまい、そこに桃太郎がやってくるという展開になっています。
【図1】
図右:柿太郎の両親である邪険夫婦は、柿団子を作る。
図左:鬼退治に出発する柿太郎、お供は、蛙、烏、蟹
(https://dl.ndl.go.jp/pid/8929855/1/4)
またもう一つの作品「主役は桃太郎?」では、やはり桃を食べて若返った老夫婦の間に桃太郎が生まれ、大筋は現在我々も知る鬼退治の話なのですが、興味の中心は桃太郎の両親、取り分け母親の子育ての苦労と喜びにあると思われるのです。江戸時代の人々が昔話をどのように受け止めてリメイクし、それを読者がどこを面白いと思い共感していたのかが想像されます。
江戸時代の生活文化を知る
江戸時代の人々の日々の生活の様子を絵から具体的に知ることができるのも、草双紙の特徴です。当時の出産の様子を鼠(ねずみ)を擬人化して描く「江戸の出産」は、草双紙の「嫁入り物(よめいりもの)」といわれるジャンルの一つで、当時の見合いから嫁入り・出産・宮参りと一連の次第が描かれています。
また子どもたちの日常は「子どもの本音」で寺子屋での学びのいたずらをしたり芝居ごっこで大暴れをしたりする伸び伸びとした姿とが見事に描かれています。
その一方で商人として成功していくために必要なことを「情報ネットワークで金儲け」で扱い、庶民と外国文化との関わりが「アルファベットも読んでいた?」で扱われるなど、時々刻々と動いていく時代の波も感じさせられるのです。
また、当時の人々の観光事情も「お出掛け心をくすぐる仕掛け」から窺(うかが)うことができるでしょう。
【図2】
図右:手前は、赤子を産湯に入れている産婆の鼠と手伝いの鼠たち。奥は、無事に出産した母親鼠と介抱している鼠たち。
図左:赤子が生まれた後、鼠たちはそれぞれに働いている。
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2541130/1/14)
一画面を重層的に表現する工夫に着目
絵と文字で構成する一画面には多くの情報が組み込まれています。人物や景色、建物や生活道具、それぞれが物語の中で意味を持って描かれていますが、一画面の中に時間の経過や物語の展開につながる仕掛けも施されています。「雲形郭線の効用」や「窓の効用ーこっそりと読者に教える方法」を参考に、いろいろな作品を見ていただくと、一画面の中で重層的な表現がなされていることに気づいていただけるものと思います。「袖の文字から知る秘密」はそうした効果が十分に計算されて作られている一例です。本書の活用の仕方と編著者の願い
本書ではこうした草双紙の魅力について、原則として見開きの一場面を読み解いていく手法で考察し、紹介しています。QRコードが付いている作品は、アクセスすることで作品全体を読んでみることができます。また巻末の資料編には国文学研究資料館の「国書データベース」で検索していただけるよう対応しています。さらに興味のある方は参考文献を活用していただけます。江戸時代の庶民の生活の中で生み出された文化の豊かさや、現代へと繋がるものに気づくことができるのも草双紙の楽しさです。一つ一つの作品について絵とくずし字をじっくり読んで向き合い、その面白さを探る中から日本文化についての新たな発見があることは間違いありません。
[書き手]黒石 陽子(くろいし・ようこ)
東京学芸大学名誉教授。近世演劇・文学を研究。叢の会同人。2023年3月まで叢の会の代表を務める。本書の編著者の一人。