書評

『ヒューマン・ステイン』(集英社)

  • 2017/09/07
ヒューマン・ステイン / フィリップ・ロス
ヒューマン・ステイン
  • 著者:フィリップ・ロス
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(462ページ)
  • 発売日:2004-04-26
  • ISBN-10:4087733955
  • ISBN-13:978-4087733952
内容紹介:
71歳のユダヤ系アメリカ人コールマン・シルク。輝かしい経歴を誇る古典学の教授である。そんな彼が黒人学生に対して人種差別発言を行ったと非難され、大学を追われることになろうとは…。そんな… もっと読む
71歳のユダヤ系アメリカ人コールマン・シルク。輝かしい経歴を誇る古典学の教授である。そんな彼が黒人学生に対して人種差別発言を行ったと非難され、大学を追われることになろうとは…。そんな発言ができないことは、誰よりも彼自身が一番よく分かっている。なぜなら、彼には人生のすべてを賭けた秘密があったから…。失意のどん底でコールマンがつきあい始めたのは、すべてが対極的な位置にあるフォーニアだった。貧しく、無学で粗野、暴力を振るう元夫につきまとわれ、常に怯えながら暮らしている若い女性。だが親子ほども年の違う二人の恋は、周囲に新たな波紋を巻き起こすことになる…。巨匠フィリップ・ロスが一人の男の運命に20世紀アメリカの苦悩と悲劇を重ねて放った問題作。ペン/フォークナー賞受賞。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

『白いカラス』原作。“人間の穢れ”は映画の数倍濃い!

『白いカラス』といえば、アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマン主演で話題になりましたけど(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年7月)、その原作が『ヒューマン・ステイン』です。人種差別、ヴェトナム帰還兵、教育、階級社会、ドメスティック・バイオレンスなど、現代アメリカが直面しているさまざまな問題と真正面から向き合った大変な力作。時間制限によって物語の大切な枝葉を切り落とさざるを得なかった映画版の、数倍濃いぃ内容なんであります。

クリントン大統領のセックス・スキャンダルをきっかけに、「政治的正しさ」が過度に喧伝されるようになっていた一九九八年のアメリカ。主人公のコールマンは七十一歳の元大学教授で、二年前まではマサチューセッツ州の田舎町にある大学で古典学を教えていたのですが、つまらない事件から人種差別者と非難され、定年を待たずに退職させられます。その屈辱のさなかに妻を亡くした彼は、やがて三十四歳の女性と出会い、関係を持ちます。それは子供の頃に継父から性的ないたずらを受け、ヴェトナム帰還兵の夫からは暴力をふるわれ、挙げ句二人の子供を火事でなくすという不幸な過去を持つフォーニア。離婚後も元夫のストーキングにおびえ、清掃婦などをして貧しく暮らしている彼女に、コールマンの相手としてふさわしい教養はありません。二人の密やかな関係に気づいた町の住民は、そのことでもまたコールマンに非難を浴びせるのですが――。

といった現在形の物語に、ユダヤ系アメリカ人であるはずのコールマンの驚くべき出自が明らかにされる生い立ちの記や、フォーニアの過去、その元夫のヴェトナム体験といった幾つかのサブストーリーが濃厚に絡みあいます。それら全てを語るのが、アンネ・フランクを扱った傑作『ゴースト・ライター』(集英社)以来、作者フィリップ・ロスの分身であり続けてきたネイサン・ザッカーマン。コールマンの身に起きたことの見聞に、自らの想像を加えて書き上げられたのが、この「ヒューマン・ステイン(人間の穢れ)」という構成になっているのです。

バイアグラを飲んで、最後の恋の相手とのセックスに耽溺する七十一歳の老人が、生涯抱え込んだ秘密。亡き妻や子供たちにではなく、フォーニアにだけ明かした秘密。その秘密によって生じる幾つもの悲劇と、コールマンに与えられる報い。一人の男のひとつの秘密が、冒頭で紹介したような現代アメリカに蔓延する多くの問題をあぶり出すのです。老いてなお盛ん。ロスの創作意欲や筆致は、バイアグラなしでも十二分に力強くて上向きなんであります。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

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ヒューマン・ステイン / フィリップ・ロス
ヒューマン・ステイン
  • 著者:フィリップ・ロス
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(462ページ)
  • 発売日:2004-04-26
  • ISBN-10:4087733955
  • ISBN-13:978-4087733952
内容紹介:
71歳のユダヤ系アメリカ人コールマン・シルク。輝かしい経歴を誇る古典学の教授である。そんな彼が黒人学生に対して人種差別発言を行ったと非難され、大学を追われることになろうとは…。そんな… もっと読む
71歳のユダヤ系アメリカ人コールマン・シルク。輝かしい経歴を誇る古典学の教授である。そんな彼が黒人学生に対して人種差別発言を行ったと非難され、大学を追われることになろうとは…。そんな発言ができないことは、誰よりも彼自身が一番よく分かっている。なぜなら、彼には人生のすべてを賭けた秘密があったから…。失意のどん底でコールマンがつきあい始めたのは、すべてが対極的な位置にあるフォーニアだった。貧しく、無学で粗野、暴力を振るう元夫につきまとわれ、常に怯えながら暮らしている若い女性。だが親子ほども年の違う二人の恋は、周囲に新たな波紋を巻き起こすことになる…。巨匠フィリップ・ロスが一人の男の運命に20世紀アメリカの苦悩と悲劇を重ねて放った問題作。ペン/フォークナー賞受賞。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2004年7月10日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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