書評
『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが・・・』(集英社)
リンドバーグといえば、人類初の大西洋単独横断飛行をなしとげた空の英雄。でも一方で、1941年にユダヤ民族の脅威を訴える演説をした、親ヒトラー派の筆頭としてもアメリカ史に名を残す人物だってご存じでしたか? フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、そのリンドバーグが史実ではローズヴェルトが三選を果たした1940年の大統領選にもしも勝っていたら──という仮定で書かれた、改変歴史SFの趣きを備える小説になっているんです。
ニュージャージー州の大都会ニューアークの南西に位置するユダヤ人街で、保険外交員をしている父、専業主婦の母、絵がとてもうまい兄とつつましいながらも幸福な日々を送っていた8歳のフィリップ。作者は自分の分身である少年とその家族の視点から、リンドバーグと彼を支持する非ユダヤ人によって少しずつ強度を増していく迫害の日々を描いています。リンドバーグによってホワイトハウスから発信され続ける〈憎悪の風潮〉。家族旅行先で受けるいわれなき差別を皮切りに、ユダヤ人コミュニティの瓦解政策によって家族や親戚の間に生じる不和、父親の失職といった次々と起こる不幸によって、ロス一家がどんどん追いつめられていく2年間を、作者は登場する通りの名ひとつないがしろにしない緻密な記述で、今ここにある危機のごとく活写していくんです。
作中、市長が発する〈陰謀はたしかに起きている。だが陰謀は陰謀でも、それを衝き動かしている力をここではっきり指摘しよう──ヒステリー、無知、悪意、愚鈍、憎悪、恐怖だ。わが国は何とおぞましい見世物になり果てたことか!〉という言葉は、そっくりそのまま他民族に対するヘイトスピーチが溢れかえる現代日本にも照射されるべきでしょう。その意味で、これはきわめて現代的なリアリズム小説なんです。広く深く読まれるべき作品だとトヨザキは思います。
ニュージャージー州の大都会ニューアークの南西に位置するユダヤ人街で、保険外交員をしている父、専業主婦の母、絵がとてもうまい兄とつつましいながらも幸福な日々を送っていた8歳のフィリップ。作者は自分の分身である少年とその家族の視点から、リンドバーグと彼を支持する非ユダヤ人によって少しずつ強度を増していく迫害の日々を描いています。リンドバーグによってホワイトハウスから発信され続ける〈憎悪の風潮〉。家族旅行先で受けるいわれなき差別を皮切りに、ユダヤ人コミュニティの瓦解政策によって家族や親戚の間に生じる不和、父親の失職といった次々と起こる不幸によって、ロス一家がどんどん追いつめられていく2年間を、作者は登場する通りの名ひとつないがしろにしない緻密な記述で、今ここにある危機のごとく活写していくんです。
作中、市長が発する〈陰謀はたしかに起きている。だが陰謀は陰謀でも、それを衝き動かしている力をここではっきり指摘しよう──ヒステリー、無知、悪意、愚鈍、憎悪、恐怖だ。わが国は何とおぞましい見世物になり果てたことか!〉という言葉は、そっくりそのまま他民族に対するヘイトスピーチが溢れかえる現代日本にも照射されるべきでしょう。その意味で、これはきわめて現代的なリアリズム小説なんです。広く深く読まれるべき作品だとトヨザキは思います。
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