書評
『ソモフの妖怪物語』(群像社)
信じてもらえないかもしれませんが、子供の頃のトヨザキは大変な怖がりでした。そのくせ恐ろしい話や映画が大好きで、『魔人ドラキュラ』『大アマゾンの半魚人』といったユニバーサル・スタジオが製作した映画を好んで観ては大泣きし、夜中に悲鳴を上げて飛び起きるのが常だったんですの。で、三つ子の魂百までというべきで、何を見ても怖ろしいと思わなくなってしまった図太い四十九歳になり果てた今でも、ホラーものは好物ジャンルのひとつなんであります。
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しかも、雑食。恐怖小説の嚆矢というべきホレス・ウォルポールによる十八世紀ゴシック小説『オトラントの城』から、スティーヴン・キングを代表とするモダンホラー群まで、目についたら手当たり次第。当然、ロシアの妖怪や怪物たちの故郷といわれているウクライナ地方に伝わる怪異譚を集めたゴーゴリの『ディカーニカ近郷夜話』(一八三一年)も読んでいて、これでロシア圏は押さえたつもりになっていたわけです。しかし、そこが素人の浅はかさ。ゴーゴリの前にオレスト・ミハイロヴィチ・ソモフという先駆者がいたことを、東欧文学専門の出版社・群像社によって教えられた次第なんです。
美しい女妖怪にたぶらかされ、命を失うことになる勇士の悲劇「クバーロの夜」。不実な男にもてあそばれて川に身投げし、ルサールカと呼ばれる死霊になった娘を、母親が家に連れ帰る話「ルサールカ」。ウクライナ版「奥さまは魔女」(一九六四〜七二年まで製作されたアメリカの人気シットコム)みたいな「キエフの魔女たち」。純愛ショート・ストーリー「鬼火」。一家の主婦が働き者だったり主人が善人であれば家事を手伝い、その反対であれば悪事を働くといわれる妖怪の退治をめぐるドタバタストーリー「キキモラ」。死んだ父親のアドバイスにしたがって、深夜の墓場で死人たち相手に小骨遊びで勝ち続け、どんな願い事もかなえてくれる黒い小骨を手に入れた少年の浮き沈み人生を描いた「寡婦の息子ニキータの話」。魔法使いの養父を真似て人狼に変身した、頭のちょっと足りない青年の災い転じて福となす物語「人狼」。人気漫画『進撃の巨人』のごとき恐ろしい大熊に怯える人々を救った英雄の偉業を讃える「骨砕きの大熊と商人の息子イワンの話」。
『ソモフの妖怪物語』に収められている八篇の語り口はおしなべて素朴です。小さな子供に読み聞かせしても理解できるくらい、易しい言葉で書かれています。ゴーゴリの『ディカーニカ近郷夜話』同様、恐怖指数は低めで、描写も穏やか、時にユーモラスですらあります。なので、グロテスクで扇情的な描写に溢れかえった昨今のホラー小説しか読まない方には物足りないかもしれません。でも、わたしは好きなんですよー。特に「キエフの魔女たち」が。男っぷりがよくて稼ぎもいいもんだからモテモテの青年フョードル・ブリスカフカが、大変美しいのだけれど魔女の娘との噂が高いカトルーシャと結婚。月が欠けて闇夜の近づく頃になるとふさぎこむ新妻に疑いを抱き、やがて禿げ山の頂上での化け物たちの夜宴(サバト)を目撃してしまうこの物語には、恐怖小説の核にあるエロスとタナトスヘの衝動が、簡潔に品よく、しかしくっきり鮮やかに描かれているんです。
他の七篇も然り。エロスとタナトス、笑い、狂気、勇気といったホラー小説に不可欠の要素がきちんと盛り込まれている。いわば、今あるモダンホラーの原型としてよく出来ているんです。ソモフがいるからキングがいる。ご先祖供養としての読書は大事です。恐怖小説ファンなら読まなきゃソンと、断言します。
他の七篇も然り。エロスとタナトス、笑い、狂気、勇気といったホラー小説に不可欠の要素がきちんと盛り込まれている。いわば、今あるモダンホラーの原型としてよく出来ているんです。ソモフがいるからキングがいる。ご先祖供養としての読書は大事です。恐怖小説ファンなら読まなきゃソンと、断言します。
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