書評
『死に魅入られた人びと―ソ連崩壊と自殺者の記録』(群像社)
混乱と絶望の中で命を絶つ人たちの叫び
本書は今年のノーベル文学賞を受賞した、今世紀を代表するジャーナリストの渾身(こんしん)の作品である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年11月)。1991年のソ連崩壊後、ロシアでは自殺する者が増えた。それはなぜか。なぜ人は自死を選択するのか。動乱の時期における人々の混乱と絶望と国家への思いや死生観、幸福についての意見が、17人の声によって余すところなく伝えられる。本作はロシアで93年に出版され、邦訳が出たのは実は10年前で新刊ではないのだが、文学賞受賞を機に多くの方に読んでいただきたくて取り上げることにした。本書に登場するのは、人の死をその目で見たり、自殺を試みたり、家族を自殺によって失ったりした人々である。どの声も重苦しいが、それは紛れもない真実を語る呟(つぶや)きであり、悲鳴であり、慟哭(どうこく)であり、悔恨の、怨嗟(えんさ)の、郷愁の叫びである。こちらも耳を傾けないわけにはいかない。死は思いがけない形で人々の前に現れる。とりわけ息子をなくした母親の話や、死が救済であるという少女の話には胸をえぐられる。
著者はまえがきで、「実は、私たちは戦争人間なのです。戦争をするか、その準備をするかのどちらかで、ほかの生き方は一度もしてきませんでした」と語る。その諦観にも似た立場から、無数の声の向こう側にある真実を探り出そうとする姿は、読む者に感動を呼び覚ます。
鋭い感性を持つこのジャーナリストは、孤独な人、絶望の淵(ふち)にいる人、忘れ去られた人、無名の人の多くの声をすくいとり、同じ手法で、ナチスに破壊された白ロシアを見てきた子供の声を拾うことで戦争の悲惨さを訴えた『ボタン穴から見た戦争』、チェルノブイリの真実を追究した『チェルノブイリの祈り』などを上梓(じようし)している。必ず読まれるべき良書である。
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