書評

『琥珀捕り』(東京創元社)

  • 2023/11/26
琥珀捕り / キアラン・カーソン
琥珀捕り
  • 著者:キアラン・カーソン
  • 翻訳:栩木 伸明
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:単行本(346ページ)
  • 発売日:2004-02-01
  • ISBN-10:4488016383
  • ISBN-13:978-4488016388
内容紹介:
ローマの詩人オウィディウスが描いたギリシア・ローマ神話世界の奇譚『変身物語』、ケルト装飾写本の永久機関めいた文様の迷宮、中世キリスト教聖人伝、アイルランドの民話、フェルメールの絵… もっと読む
ローマの詩人オウィディウスが描いたギリシア・ローマ神話世界の奇譚『変身物語』、ケルト装飾写本の永久機関めいた文様の迷宮、中世キリスト教聖人伝、アイルランドの民話、フェルメールの絵の読解とその贋作者の運命、顕微鏡や望遠鏡などの光学器械と17世紀オランダの黄金時代をめぐるさまざまの蘊蓄、あるいは普遍言語や遠隔伝達、潜水艦や不眠症をめぐる歴代の奇人たちの夢想と現実──。数々のエピソードを語り直し、少しずらしてはぎあわせていく、ストーリーのサンプリング。伝統的なほら話の手法が生きる、あまりにもモダンな物語! 解説:柴田元幸
凄い本読んじゃった。キアラン・カーソンの『琥珀捕り』。A~Zまでを頭文字にとったタイトルからなる全二十六章で構成されていて、その中身はといえばウンチク一色なんである。バカは読んでくれるなとばかりの衒学趣味が横溢してるんだけど、実はバカが読んでも面白い。エンターテインしてる百科事典といった風の小説になっているのだ。

作者を思わせる〈わたし〉がオランダ人のボス氏やポーランド人の船乗りヤルニエヴィッチ氏と交わす数々のお話。〈わたし〉の父が披露する冒険王ジャックを語り手にした『千一夜物語』風のストーリー。この二つの主旋律の中と合間に、ギリシャ神話や昔話や民話、聖人伝、オランダの黄金時代に起きたチューリップ投機熱のエピソード、喫煙の効用を説く魅惑的な屁理屈、エスペラント語を発明した人物の伝記、ボルヘスやフロベールの逸話、望遠鏡や潜水艦の発明譚、フェルメールの贋作者の生涯など、たくさんのウンチクが詰め込まれているんである。あなたね、くりぃむしちゅーの上田やら伊集院光やら、そんなあたりをウンチク王なんて奉ってる場合じゃありませんよ。志低すぎですよ。大体、あの人たちが制限時間以内に思いつきで喋ってる内容が正しいのか、間違ってるのか、一体誰が判定してんですか。勝俣ですよ。いいんですか、そんなことで、ウンチク業界はっ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)。

さて、そんな風にウンチク話満載と聞くと、「まとまりに欠ける断片小説なのでは?」と思う方もおられましょう。ところが、さにあらず。各章で語られる物語が、前の章に顔をのぞかせる単語やイメージを尻取りのように拾って展開。ひとつの思考から別の思考へと移ってゆく連想のありようが見事な構成になっているのだ。またタイトルにもあるように、“琥珀”にまつわる様々な雑学や挿話ですべての章をしなやかにつなぐという仕掛けによって、読者は、一見ばらばらな話を読まされているようで、実は見事に織り上げられた一幅の緻密なタペストリーと向かい合っていることに、気づかされるのである。

最後に付された「出典について」も感動的。書くことが、これほど読むこととイコールになっている本も珍しい。ペダンティックでありながら、嫌みを感じさせないという点でも稀少な一冊。知識と物語の宝庫として楽しめる上に、古典調から現代的な語り口まで多種多様なスタイルを駆使した訳文がまた素晴らしい! 正真正銘の傑作だ。

【文庫版】
琥珀捕り / キアラン・カーソン
琥珀捕り
  • 著者:キアラン・カーソン
  • 翻訳:栩木 伸明
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(458ページ)
  • 発売日:2021-05-10
  • ISBN-10:4488070825
  • ISBN-13:978-4488070823
内容紹介:
長きにわたって愛されてほしい名著にして名訳・・・・・・柴田元幸(解説より)A(対蹠地)にはじまりZ(回転のぞき絵)で終わる、アイルランドの詩人が編む物語の鎖分類不可能にして興味を惹かず… もっと読む
長きにわたって愛されてほしい名著にして名訳・・・・・・柴田元幸(解説より)
A(対蹠地)にはじまりZ(回転のぞき絵)で終わる、
アイルランドの詩人が編む物語の鎖
分類不可能にして興味を惹かずにおかない驚異の文学

この作品には、A(対蹠地)にはじまりZ(回転のぞき窓)で終わる、ギリシャ神話、中世キリスト教聖人伝、アイルランド民話から望遠鏡や潜水艦の発明に至る、一見無関係な26の単語にまつわる物語が納められている。それぞれの物語は登場する単語やイメージによって、次々と別の物語に高飛びし、そして終点にたどり着いたとき、読者はひとつの長い物語を読んでいたことに気づく。「文学におけるカモノハシ」と言われた驚異の物語。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。



【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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琥珀捕り / キアラン・カーソン
琥珀捕り
  • 著者:キアラン・カーソン
  • 翻訳:栩木 伸明
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:単行本(346ページ)
  • 発売日:2004-02-01
  • ISBN-10:4488016383
  • ISBN-13:978-4488016388
内容紹介:
ローマの詩人オウィディウスが描いたギリシア・ローマ神話世界の奇譚『変身物語』、ケルト装飾写本の永久機関めいた文様の迷宮、中世キリスト教聖人伝、アイルランドの民話、フェルメールの絵… もっと読む
ローマの詩人オウィディウスが描いたギリシア・ローマ神話世界の奇譚『変身物語』、ケルト装飾写本の永久機関めいた文様の迷宮、中世キリスト教聖人伝、アイルランドの民話、フェルメールの絵の読解とその贋作者の運命、顕微鏡や望遠鏡などの光学器械と17世紀オランダの黄金時代をめぐるさまざまの蘊蓄、あるいは普遍言語や遠隔伝達、潜水艦や不眠症をめぐる歴代の奇人たちの夢想と現実──。数々のエピソードを語り直し、少しずらしてはぎあわせていく、ストーリーのサンプリング。伝統的なほら話の手法が生きる、あまりにもモダンな物語! 解説:柴田元幸

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2004年4月3日号

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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