書評
『アイ・ラヴ・ディック』(新潮社)
聖バレンタインデー。でも、一体どれだけの女性が告白に成功するんだろう。「好きっ」「ボクもっ」――自分の来し方を振り返ってみても、愛の熱量が同時に同じだけ高まるなんて僥倖(ぎょうこう)、滅多にあるもんじゃない。「好きっ」「ごめんっ」――のパターンこそが恋の王道なんだと思う。クリス・クラウスの『アイ・ラヴ・ディック』は、この片想いという現象を考察する方法の過激さで、刊行当時、賛否両論巻き起こした作品だ。
作者自身とほぼ等身大である三十九歳のクリスが、ある日恋に落ちる。相手は著名な批評家ディック(仮名)。クリスはコロンビア大学の教授をしている、これまた著名な夫シルヴェアに自分の気持ちを打ち明ける。すると、夫は怒ったりするどころか「じゃあ、二人で手紙を書こう!」とノリノリに。
手紙の内容はエスカレートし、返事がもらえないクリスの恋心は募る一方。電話をかけ、ファックスを送り、シルヴェアもまた「彼女の気持ちも考えてやってくれ」なんてサポーターとしての意見を送りつける。ディックから迷惑だと告げられても熱は冷めるどころか、ますますヒートアップ。挙げ句の果てには、「送り続けた手紙を書簡集という形で出版してもいいか」と、ディックに打診までしてしまうのだ。で、拒否されてもお構いなしで出版してしまったのは、こうして存在する本書によって明らかなわけで……。
ディックの身になればこんな迷惑な本もない。でも――。カッコ悪かろうが、バカに見えようが、好きなものは好き。キャリアアップもしたいし、恋愛だって成就させたい、どっちも本音。「セックスがダメなら知性だけでも」と、アートや文学や現代思想の話てんこ盛りの手紙を送るクリスの闘う恋心は天晴れだ。それに、かばうわけじゃないけど、クリスはシルヴェアやディックに対して誠実なのだ。自分が主人公で二人は脇役、そんな傲慢さはかけらもない。だからこそ、男二人の反応も包み隠さず記述している。それによって、どれほど自分がみっともない姿をさらすことになろうとも。怖いやら、切ないやら、おぞましいやら、可笑しいやら。究極の片想いを描くことで、恋にまつわる色んな感情を引き出してくれる小説なのだ。
【この書評が収録されている書籍】
作者自身とほぼ等身大である三十九歳のクリスが、ある日恋に落ちる。相手は著名な批評家ディック(仮名)。クリスはコロンビア大学の教授をしている、これまた著名な夫シルヴェアに自分の気持ちを打ち明ける。すると、夫は怒ったりするどころか「じゃあ、二人で手紙を書こう!」とノリノリに。
手紙の内容はエスカレートし、返事がもらえないクリスの恋心は募る一方。電話をかけ、ファックスを送り、シルヴェアもまた「彼女の気持ちも考えてやってくれ」なんてサポーターとしての意見を送りつける。ディックから迷惑だと告げられても熱は冷めるどころか、ますますヒートアップ。挙げ句の果てには、「送り続けた手紙を書簡集という形で出版してもいいか」と、ディックに打診までしてしまうのだ。で、拒否されてもお構いなしで出版してしまったのは、こうして存在する本書によって明らかなわけで……。
ディックの身になればこんな迷惑な本もない。でも――。カッコ悪かろうが、バカに見えようが、好きなものは好き。キャリアアップもしたいし、恋愛だって成就させたい、どっちも本音。「セックスがダメなら知性だけでも」と、アートや文学や現代思想の話てんこ盛りの手紙を送るクリスの闘う恋心は天晴れだ。それに、かばうわけじゃないけど、クリスはシルヴェアやディックに対して誠実なのだ。自分が主人公で二人は脇役、そんな傲慢さはかけらもない。だからこそ、男二人の反応も包み隠さず記述している。それによって、どれほど自分がみっともない姿をさらすことになろうとも。怖いやら、切ないやら、おぞましいやら、可笑しいやら。究極の片想いを描くことで、恋にまつわる色んな感情を引き出してくれる小説なのだ。
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