書評
『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り―漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』(マガジンハウス)
やっぱり人材輩出の当たり年というのはあるらしい。慶応三年、つまり江戸最後の年に夏目漱石・宮武外骨・南方熊楠・幸田露伴・正岡子規・尾崎紅葉・斎藤緑雨という曲者七人が揃って生まれた。
ロイヤル・ストレート・フラッシュのような顔ぶれじゃないか。しかも慶応三年というのが念入りだ。彼らは明治とともに生をうけたと言ってよく、個人史がぴったり明治史と重なる。できすぎた偶然と思わずにいられない。
『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』(マガジンハウス)はこの偶然にしつこく注目した本だ。同い年というくくり方で横断的にこの七人の青春時代を追って行く。七人それぞれが主役の話が同時進行的に描かれて行く。映画で言ったらマルチプロットのスタイルだが、この七人の青年たちの人生は思いのほか多くの接点があった。
例えば、漱石と子規が同じ大学予備門に通う親友だったのは有名だが、同期の学生として熊楠もいたし、一学年上には紅葉もいたこと。あるいは、子規は文壇の先輩の露伴に処女作の小説を見てもらったが、それよりも俳句の方をほめられ、それが俳人正岡子規を生み出す大きなきっかけになったこと。一見別世界の文豪同士に思える紅葉と露伴は、実はともに型破りの「趣味人」淡島寒月から西鶴(当時はまったく忘れられていた)のすばらしさを教えられたこと……。
私にはこういう奇縁の連鎖それ自体がなんとも言えず面白い。彼らの同世代の一人としてその世界にいるようでわくわくする。著者の真意もたぶん、「日本の近代文学の歩みを追う」とか「明治の時代相をあぶり出す」という狙いよりも、奇縁の妙味をかみしめたいということなのではないか。
私がこの本の中で最も興味をひかれたのは紅葉の父・谷斎(こくさい)の死をめぐるエピソードだ。谷斎は腕のいい牙彫(げぼり)師にして幇間(ほうかん)という有名な畸人(きじん)だった。冬のある日、谷斎と五番組頭と落語家の三遊亭円遊(ステテコの円遊)の三人は品川へ網漁にでかけ、獲ったフグにあたって亡くなったという話。とびきりの江戸っ子三人のいかにもそれらしい死――。本筋とはあまり関係がなくても、こういうエピソードを織りまぜずにはいられないところが著者の持ち味だと思う。
海外に行ってしまったので仕方がないが熊楠のパートが弱いこと、破調の文章が気になったこと。この二点は不満だが、読み出したらやめられない、生き生きとした明治の青春群像ドラマだ。
【この書評が収録されている書籍】
ロイヤル・ストレート・フラッシュのような顔ぶれじゃないか。しかも慶応三年というのが念入りだ。彼らは明治とともに生をうけたと言ってよく、個人史がぴったり明治史と重なる。できすぎた偶然と思わずにいられない。
『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』(マガジンハウス)はこの偶然にしつこく注目した本だ。同い年というくくり方で横断的にこの七人の青春時代を追って行く。七人それぞれが主役の話が同時進行的に描かれて行く。映画で言ったらマルチプロットのスタイルだが、この七人の青年たちの人生は思いのほか多くの接点があった。
例えば、漱石と子規が同じ大学予備門に通う親友だったのは有名だが、同期の学生として熊楠もいたし、一学年上には紅葉もいたこと。あるいは、子規は文壇の先輩の露伴に処女作の小説を見てもらったが、それよりも俳句の方をほめられ、それが俳人正岡子規を生み出す大きなきっかけになったこと。一見別世界の文豪同士に思える紅葉と露伴は、実はともに型破りの「趣味人」淡島寒月から西鶴(当時はまったく忘れられていた)のすばらしさを教えられたこと……。
私にはこういう奇縁の連鎖それ自体がなんとも言えず面白い。彼らの同世代の一人としてその世界にいるようでわくわくする。著者の真意もたぶん、「日本の近代文学の歩みを追う」とか「明治の時代相をあぶり出す」という狙いよりも、奇縁の妙味をかみしめたいということなのではないか。
私がこの本の中で最も興味をひかれたのは紅葉の父・谷斎(こくさい)の死をめぐるエピソードだ。谷斎は腕のいい牙彫(げぼり)師にして幇間(ほうかん)という有名な畸人(きじん)だった。冬のある日、谷斎と五番組頭と落語家の三遊亭円遊(ステテコの円遊)の三人は品川へ網漁にでかけ、獲ったフグにあたって亡くなったという話。とびきりの江戸っ子三人のいかにもそれらしい死――。本筋とはあまり関係がなくても、こういうエピソードを織りまぜずにはいられないところが著者の持ち味だと思う。
海外に行ってしまったので仕方がないが熊楠のパートが弱いこと、破調の文章が気になったこと。この二点は不満だが、読み出したらやめられない、生き生きとした明治の青春群像ドラマだ。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2001年4月22日
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