書評

『文学刑事サーズデイ・ネクスト1 ジェイン・エアを探せ!』(ソニー・ミュージックソリューションズ)

  • 2024/11/21
文学刑事サーズデイ・ネクスト〈1〉ジェイン・エアを探せ! / ジャスパー・フォード
文学刑事サーズデイ・ネクスト〈1〉ジェイン・エアを探せ!
  • 著者:ジャスパー・フォード
  • 翻訳:田村 源二
  • 出版社:ソニー・ミュージックソリューションズ
  • 装丁:文庫(580ページ)
  • 発売日:2005-09-01
  • ISBN-10:478972669X
  • ISBN-13:978-4789726696
内容紹介:
はじまりはディケンズだった。死体は、まぎれもなくディケンズの作中人物だった―。わたしはサーズデイ・ネクスト。“文学刑事”だ。元“時間警備隊”の父は、いまは時空のなかを逃げ回る身の上、最… もっと読む
はじまりはディケンズだった。死体は、まぎれもなくディケンズの作中人物だった―。わたしはサーズデイ・ネクスト。“文学刑事”だ。元“時間警備隊”の父は、いまは時空のなかを逃げ回る身の上、最愛の兄はクリミア戦争で疑惑の死を遂げた。わたしはといえば、昔の恋をひきずったまま結婚もせず、地道な捜査ひとすじ。ふだんは殺しとは無縁の文学刑事のわたしが、いくつもの顔を持つ悪党ヘイディーズを追って、“現場”である本のなかへ向かうはめに…。意表をつくアイデア、トンデモナイ展開。本好き必読の“文学刑事シリーズ”第一弾。
この原稿を書いている十一月初旬というと、エンターテインメント業界では『このミステリーがすごい!』をはじめ、年間ベストテンを選ぶアンケートに答える時期になっている。ちなみに、わたしにとっての国内編第一位は古川日出男の『サウンドトラック』(集英社)。海外編の第一位が、このジャスパー・フォード『文学刑事サーズデイ・ネクスト1 ジェイン・エアを探せ!』なんであります。

主人公は女刑事のサーズデイなのだけれど、彼女が暮らしている一九八五年のイギリスは、現実の姿とはまるで様相が異なっていて、その歴史改変SF的趣向が、まずは魅力的。クリミア戦争(一八五三~五六年)がいまだ続いていて泥沼の状況を呈しており、イギリスはゴアライアス社という超巨大企業に事実上支配されている。しかも、第二次世界大戦でドイツに占領されたこともあり、ウェールズは共産化してイギリスから独立。ジェット飛行機は発明されていなくて、空には飛行船が飛び交っており、コンピュータもない一方で、クローン技術は発達していて、絶滅したドードー鳥が一番人気のペットになっている。

そんな奇妙にねじれた世界で、サーズデイが属しているのが特別捜査機関(スペックオプス)二十七課の文学刑事局、通称リテラテックス。で、このスペックオプスの仕事の内訳がまたユニークなのだ。全三十局あるのだけれど、たとえば、タイムトラベル術を会得した者が所属する時間警備隊(クロノガード)や、吸血鬼と狼人間処分局など、通常の警察では扱わない、もしくは特殊な能力を必要とする事件を扱う組織なのである。

さて、普段は原稿紛失や盗作など、殺人とは無縁の地味な事件ばかり扱っている文学刑事サーズデイなのだけれど、英文学の天才教授にして希代の悪党ヘイディーズを追うことに。彼がディケンズの初期作品の生原稿を盗みだし、結果、その作中人物が現実世界に引きずり出されて殺されてしまう事件が起きたのだ。その後、ヘイディーズは『ジェイン・エア』のヒロインを誘拐。事件解決のために、サーズデイもかの不朽の名作の中に入りこむのだが――。

古典文学にサッカーくらい人気が集まっていて、子供たちが文豪や名作の登場人物のバブルガムカードを夢中で蒐集。文学以外の娯楽がほとんど存在しないから、生活の中に文学が浸透していて、人々はシュルレアリスムや新古典主義といった文学派閥を作り、時には派閥間で血で血を洗うような抗争まで起こるほど。シェイクスピア=フランシス・ベーコン説を唱えるベーコニアンが自説布教のために戸口を叩く、このサーズデイ的世界はまさに本好きにとっての天国なのである。

その他、登場人物の名前ひとつとっても、隅々まで文学的遊び心に満ち満ちた作品なのだけれど、そうした知識がないと楽しめない物語かといえば決してそんなことはない。アクション小説もかくやとばかりの血沸き肉躍るシーンや、サーズデイの不器用な恋物語、吸血鬼との対決を描くホラー的エピソードも用意されていて、リーダビリティ高き一冊なのだ。というわけで、魅力的なサブストーリーに事欠かない作品なんだけれど、わたしがもっとも気に入っているのは、大阪府在住・中島夫人をめぐるそれ。なんと、この人は小説世界の中に入り込める能力を活かし、『ジェイン・エア』内で観光ツアーをして儲けているのだ。

ああ、わたしもサーズデイの生きるこの素敵滅法界に「落ちこんで」しまいたい! この英文学のトリビアの泉的ミステリーに“100へぇ”を進呈いたします。
文学刑事サーズデイ・ネクスト〈1〉ジェイン・エアを探せ! / ジャスパー・フォード
文学刑事サーズデイ・ネクスト〈1〉ジェイン・エアを探せ!
  • 著者:ジャスパー・フォード
  • 翻訳:田村 源二
  • 出版社:ソニー・ミュージックソリューションズ
  • 装丁:文庫(580ページ)
  • 発売日:2005-09-01
  • ISBN-10:478972669X
  • ISBN-13:978-4789726696
内容紹介:
はじまりはディケンズだった。死体は、まぎれもなくディケンズの作中人物だった―。わたしはサーズデイ・ネクスト。“文学刑事”だ。元“時間警備隊”の父は、いまは時空のなかを逃げ回る身の上、最… もっと読む
はじまりはディケンズだった。死体は、まぎれもなくディケンズの作中人物だった―。わたしはサーズデイ・ネクスト。“文学刑事”だ。元“時間警備隊”の父は、いまは時空のなかを逃げ回る身の上、最愛の兄はクリミア戦争で疑惑の死を遂げた。わたしはといえば、昔の恋をひきずったまま結婚もせず、地道な捜査ひとすじ。ふだんは殺しとは無縁の文学刑事のわたしが、いくつもの顔を持つ悪党ヘイディーズを追って、“現場”である本のなかへ向かうはめに…。意表をつくアイデア、トンデモナイ展開。本好き必読の“文学刑事シリーズ”第一弾。

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PHPカラット(終刊)

PHPカラット(終刊) 2004年2月号

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