書評

『火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集』(国書刊行会)

  • 2023/11/30
火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集 / スタニスワフ・レム
火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集
  • 著者:スタニスワフ・レム
  • 翻訳:木原 槙子,芝田 文乃,沼野 充義
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(376ページ)
  • 発売日:2023-03-12
  • ISBN-10:4336071314
  • ISBN-13:978-4336071316
内容紹介:
第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その… もっと読む
第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その中に乗り込んでいた奇妙な「火星からの人」がニューヨーク郊外の研究所に運び込まれ、科学者や技師などからなるチームが極秘のうちに、この火星人とのコミュニケーションを試みるが……『金星応答なし』に5年ほど先立つ、レムの本当のデビュー作とも言うべき本格的SF中篇『火星からの来訪者』、若き医師ステファン・チシニェツキは、町を歩いているときにユダヤ人と取り違えられて捕まり、他の無数のユダヤ人とともに貨車に押し込められ収容所に送られてしまう。ユダヤ人移送の決定的瞬間を描いた「ラインハルト作戦」、広島への原爆投下を主題にした、世界でもっとも早い文学作品の一つであり、SF的想像力を駆使して爆発の光景が創り出された「ヒロシマの男」など、レムがまだ20歳代だった1940年代から1950年にかけて書かれた、いずれも本邦初訳となる初期作品を収録。《星をちりばめた闇に茫然と言葉を失う者は/とても孤独で詩人に近い。》

【目 次】
火星からの来訪者
ラインハルト作戦
異質
ヒロシマの男
ドクトル・チシニェツキの当直
青春詩集

解説 レムは最初からレムだった――最初期レムのSF、非SF小説、そして詩(沼野充義)

巨人の根幹を形成した二十歳代

SFのオールタイム・ベストとして定評がある『ソラリス』の作者である、ポーランドを代表する作家スタニスワフ・レムの受容に関しては、日本の読者ほど恵まれた環境にいる読者は世界中のどこを探してもいないだろう。すでに多くの小説作品が上質の翻訳で出ていたうえに、十年間の歳月をかけて<レム・コレクション>全六巻が完結し、初期の自伝的作品や、批評家としてのレムの力量をうかがわせるに充分な文学エッセイも紹介された。そしてさらに<レム・コレクション>の第二期も刊行が始まり、巨人レムの全貌が日本の読者にもかなり見えてきた。『火星からの来訪者』は、レムが二十歳代に書いたものを集めた初期作品集であり、すべて本邦初訳なのが嬉しい。

レムの実質的なデビュー作である、長めの中篇サイズの「火星からの来訪者」は、火星からのロケットが飛来して、そこに搭載されていた「火星人」を科学者たちのチームがなんとか理解し、意思疎通を試みようとする姿を描いている。いわゆるファースト・コンタクト物として典型的な作品だが、後にレムがH・G・ウェルズの『宇宙戦争』論を書いたときに指摘した問題が、すでにこの若書きの作品にも書き込まれていることに気づかざるをえない。たとえば、レムは火星人を「非常に非人間的でかつ機能的に描かれなければならない」として、「機械と生命体の合体」をモデルとして考えたが、「火星からの来訪者」で描かれている、「アレアントロポス」と名付けられた火星人は、「何やら黒く青く光る不格好な機械」としか見えない。『ソラリス』へとつながる、人間の理解を超えた異なるものの存在というテーマは、こと異星人に限らず、「人間が考え出したことすべて」を忘れることで永久機関を発明してしまった少年を描く短篇「異質」にも通底している。

わたしたち日本人読者を間違いなく驚かせるのは、広島への原爆投下を扱った最も早い作品のひとつである、短篇「ヒロシマの男」だろう。そこでは、連合国側のスパイとして活動している日系人が、偶然その場に居合わせたことで大惨事に巻き込まれてしまう。原爆投下の瞬間、そして広島の惨状を描くレムの筆致は、ジョン・ハーシーのルポルタージュ『ヒロシマ』に依拠してはいるが、あまりにもリアルだ。物語の構造的にこの作品と似ているのは、ユダヤ人と誤解されて絶滅収容所に送られるポーランド人を描いた短篇「ラインハルト作戦」だ。後には、キャラクターに依存する伝統的な小説作法から脱却して、人類を描くウェルズ的な小説へと進んでいったレムだが、こうした初期の二作品では、原爆およびホロコーストという大量虐殺を扱いながらも、偶発的にそこに巻き込まれてしまう一個人の運命に目を向けている。

この作品集に収められた作品には、四〇年代から五〇年にかけて、レムが直接的に体験したことが色濃く反映しているのが見て取れる。レムの根幹はこのときに形成された。後の純粋に思弁的だと見えるような作品群にも、冷静かつ客観的に現実を観察しようとするレムの目が光っている。レムの膨大な作品群を読み直そうとするとき、『火星からの来訪者』は絶好の手引になるだろう。
火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集 / スタニスワフ・レム
火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集
  • 著者:スタニスワフ・レム
  • 翻訳:木原 槙子,芝田 文乃,沼野 充義
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(376ページ)
  • 発売日:2023-03-12
  • ISBN-10:4336071314
  • ISBN-13:978-4336071316
内容紹介:
第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その… もっと読む
第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その中に乗り込んでいた奇妙な「火星からの人」がニューヨーク郊外の研究所に運び込まれ、科学者や技師などからなるチームが極秘のうちに、この火星人とのコミュニケーションを試みるが……『金星応答なし』に5年ほど先立つ、レムの本当のデビュー作とも言うべき本格的SF中篇『火星からの来訪者』、若き医師ステファン・チシニェツキは、町を歩いているときにユダヤ人と取り違えられて捕まり、他の無数のユダヤ人とともに貨車に押し込められ収容所に送られてしまう。ユダヤ人移送の決定的瞬間を描いた「ラインハルト作戦」、広島への原爆投下を主題にした、世界でもっとも早い文学作品の一つであり、SF的想像力を駆使して爆発の光景が創り出された「ヒロシマの男」など、レムがまだ20歳代だった1940年代から1950年にかけて書かれた、いずれも本邦初訳となる初期作品を収録。《星をちりばめた闇に茫然と言葉を失う者は/とても孤独で詩人に近い。》

【目 次】
火星からの来訪者
ラインハルト作戦
異質
ヒロシマの男
ドクトル・チシニェツキの当直
青春詩集

解説 レムは最初からレムだった――最初期レムのSF、非SF小説、そして詩(沼野充義)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年5月13日

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