書評

『不気味な物語』(国書刊行会)

  • 2019/01/31
不気味な物語 / ステファン・グラビンスキ
不気味な物語
  • 著者:ステファン・グラビンスキ
  • 翻訳:芝田 文乃
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2018-12-23
  • ISBN:433606332X
内容紹介:
死と官能が纏繞するポーランドの奇譚12篇――
生誕130年を迎え、中欧幻想文学を代表する作家として近年大きく評価が高まっているステファン・グラビンスキ。ポーランド随一の狂気的恐怖小説作家による単行本『不気味な物語』(1922)『情熱』(1930)の中から、本邦初訳の11篇と代表作の鮮やかな新訳1篇を収録する、傑作短篇集。

装画
レオナルド・ダ・ヴィンチ
《受胎告知の天使のための左手と腕の研究》一五〇五年頃

装幀
コバヤシタケシ
本書『不気味な物語』は、ポーランドの作家ステファン・グラビンスキによる幻想短篇集です。生誕130年を迎えポーランド本国でも再評価が進み、日本でも熱烈なファンの多いグラビンスキの最新邦訳本を、今回は訳者の芝田文乃氏によるあとがきから特別に一部を抜粋してご紹介します。


死と官能が纏繞するポーランドの奇譚12篇。

ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家ステファン・グラビンスキ。本書は『動きの悪魔』、『狂気の巡礼』、『火の書』に続いて4冊目となる日本語版グラビンスキ短篇集である。短篇集『不気味な物語』に収録の全8篇のうち、再録を除く6篇と、『情熱』に収録の全6篇を収めた。本書に収録しなかった「斜視」と「狂気の農園」の2篇は、これより前に短篇集『薔薇の丘にて』(1919年)に収録されており、日本語版『狂気の巡礼』に訳出したので、合わせてお読みいただきたい。


本書の前半に収録した短篇集『不気味な物語』は1922年にルヴフの出版社ヴィダヴニツトフォ・ジェウ・ポゴドニフから刊行された。既刊短篇集からの再録が三篇あり、1922年時点でのグラビンスキ自選傑作集と言える充実した内容である。

本書後半に収録した短篇集『情熱』は、1930年にワルシャワの出版社レネサンス・ウニヴェルスムから刊行された。
 

以下は各短篇の内容に触れるので、気になる方は本編を先にお読みくださいね。
 

「サラの家で」
年齢不詳の謎の美女サラに魅入られた男の運命とその友人の復讐。催眠術や精神病など疑似科学的専門用語を用いつつ、聖書のサラに材をとったファム・ファタールものである。カジクの最期の様子は、グスタフ・マイリンクの短篇「菫色の円錐」から影響を受けているように思われる。スタニスワフ・レムが自伝的小説『高い城』の中で言及している「私に異様な印象を与えた」短篇小説というのがこれではないかと訳者は考えていて、同じ作品がグラビンスキにも影響を与えていたとすれば面白い。

作中で主人公が引用する『旧約聖書』列王記上のダビデ王の話は、シュナミティズムと呼ばれるもので、老人が性交をせず裸の処女と添い寝することで若さを回復するという迷信的な回春術である。本作では男女と性交の有無を逆転させ、サラが男と性交することで若さを回復するという設定になっている。

また『トビト記』では、悪魔アスモダイのせいでサラの夫たちが次々に初夜に死んでしまう。神はこれを聞いて天使ラファエルを差し向け、トビトの息子トビアに助言する。本作では「婚禮の室に入りて三日の間、之と交はらぬべし」、つまり、性交しないように言ったことになっているが、この部分はグラビンスキによる改変である。本物のトビト記では「汝婚禮の室に入らば、炭火をとりて、その上に魚の心臟と肝臟とを燻して煙を立つべし。さらば惡鬼その臭を嗅ぎて外に逃れ、いつまでも歸り來ることなからん」とあり、全然ロマンティックでもヒロイックでもない。

本作は一九八五年にズィグムント・レフ監督によってテレビドラマ化された。

 
「視線」
開いたドアや曲がり角の向こう側に隠れているものへの不安神経症的恐怖から、周囲の世界の認識が狂っていき、自分の行動が変わっていく様子が克明に描かれる。そしてついには「私を取り囲む世界はそもそも存在しているのか?」という唯我論へと向かう。室内の物が突然消えたり現れたりするなど、主人公が遭遇する出来事は、スタニスワフ・レムの『高い城』にも似たような挿話が出てくるので、訳者はうれしくなった。


「情熱(ヴェネツィア物語)」
サブタイトルどおり、舞台はヴェネツィア。ポーランド人の主人公は美術館で知り合ったスペイン女性といきなり意気投合し、一緒にヴェネツィアとその周辺を見て回る。ふたりのデートコースが観光ガイドブックさながらに詳細に描かれる。1927年6月、グラビンスキは実際にイタリアを旅した。当初はヴェネツィア、ローマ、ナポリ、カプリ、シチリアを回る予定だった。ところが最初の訪問地ヴェネツィアで、ポーランド人女性ステファニア・カリノフスカと出会った。彼女との関係については不明だが、グラビンスキはローマに立ち寄った後、ヴェネツィアに戻り、残りの休暇を彼女と共にこの運河の街で過ごしたことがわかっている。そして、ジーナ・ヴァンパローネの原型となった人物を目にし、調査したという可能性は大いにあり得る。作家自身、「情熱」のなかの自伝的な要素を認めている。フィレンツェやローマと比べてもヴェネツィアにいる方が良い、と主人公に言わせるほどヴェネツィアが気に入った理由は推して知るべし。


 
ポーランド本国では近年、長篇、戯曲集、単行本未収録作品集のほか、ステファン・グラビンスキに関する評論『Demon ruchu, duch czasu, widma miejsc. Fantastyczny Grabiński ijego świat 動きの悪魔、時間の魂、場所の幻──すばらしきグラビンスキとその世界』ヨアンナ・マイェフスカも出て、再評価の気運が高まっている。また、今年2018年の万霊節(死者の日)11月2日、ウクライナのリヴィウのヤノフスキ墓地でステファン・グラビンスキの墓碑の除幕式が行われた。グラビンスキが埋葬された辺りは1950~60年代に掘り返されたため、これまで墓がなかったのだが、ポーランド人たちが記録文書を調査して位置を突きとめたそうだ。墓碑には写真と作品名一覧のほか、「動きの悪魔」からコンチネンタル号の一節、「列車はなおも疾走した、強風を突き、秋の葉のダンスのさなかを、背後に震える空気の渦と怠惰にぶら下がる煙と煤と煤煙を長く引きずりながら、息もつかずになおも疾駆した……」のポーランド語原文が刻まれている。


さて、既刊3冊と本書を合わせた日本語版短篇集4冊で、短篇作家グラビンスキの代表作をほぼすべて紹介することができた。グラビンスキの短篇は英語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語、チェコ語、トルコ語、ポルトガル語、イタリア語などに翻訳されているが、ポーランド語以外でこれだけの分量が読める言語はほかにない。これも読者の皆さんの支持があってこそで、誠に感謝に堪えません。

 
およそ百年前、ポーランド語で不気味な物語を綴っていたグラビンスキという作家がいたことを日本語読者の皆さんに覚えていただけたら、訳者としてこんなにうれしいことはありません。

 
[書き手]芝田文乃(翻訳家)
不気味な物語 / ステファン・グラビンスキ
不気味な物語
  • 著者:ステファン・グラビンスキ
  • 翻訳:芝田 文乃
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2018-12-23
  • ISBN:433606332X
内容紹介:
死と官能が纏繞するポーランドの奇譚12篇――
生誕130年を迎え、中欧幻想文学を代表する作家として近年大きく評価が高まっているステファン・グラビンスキ。ポーランド随一の狂気的恐怖小説作家による単行本『不気味な物語』(1922)『情熱』(1930)の中から、本邦初訳の11篇と代表作の鮮やかな新訳1篇を収録する、傑作短篇集。

装画
レオナルド・ダ・ヴィンチ
《受胎告知の天使のための左手と腕の研究》一五〇五年頃

装幀
コバヤシタケシ

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