後書き

『比類なきジーヴス』(国書刊行会)

  • 2019/06/13
比類なきジーヴス / P.G. ウッドハウス
比類なきジーヴス
  • 著者:P.G. ウッドハウス
  • 翻訳:森村 たまき
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2005-02-01
  • ISBN:4336046751
内容紹介:
ぐうたらでダメ男の若旦那バーティーと、とんち男の召使いジーヴス。世界的に有名なこの名コンビと、オマヌケなビンゴやお節介屋のアガサ伯母さんたちが繰り広げる抱腹絶倒の人間喜劇。
昨年、上皇后陛下が公務を離れたあとに読みたい本としてあげられたことで一躍話題となったジーヴス・シリーズ。世界中で愛されるその魅力を、ジーヴス・シリーズの記念すべき第1巻『比類なきジーヴス』の訳者森村たまき氏のあとがきより抜粋して紹介します。

上皇后陛下もきっと今ごろご愛読中。 話題のジーヴス・シリーズの面白さをご紹介!

ジョージ・オーウェルがウッドハウスについて書いた文章に、ウッドハウスのことをイギリス貴族階級を批判的に笑いものにする反英国的作家として崇拝しているというインド人のことが出てくる。こんな面白いことを実に面白くもなんともなくオーウェルは書くのだが、ともかくも、無論ウッドハウスがそんなものではないことはイギリス人には自明だ、とオーウエルは言う。ユーモアというものが自国の背景的文脈を越えて理解されるのは困難であるという話だった。
私はイギリスの美形俳優ヒュー・グラントが好きで、『モーリス』、『幻の城』をはじめとする初期文芸作品から、最近のロマンティック・コメディーまでずっと見ている。後者のほうは『フォー・ウェディング』や『ノッティングヒルの恋人』など、日本でも大いに人気になったのだが、こういうものを見ながら「世の中にウッドハウスが知られていたら皆もっと笑えるのに」と、私は思っていたのだ。

私は英米文学を体系的に勉強した者ではないが、だがそれがギリシャ、ローマの古典とシェークスピアとを核となる共有財産としていることはわかる。英米の大学で教育を受けた者なら誰でも、古典とシェークスピアの教養は当然持つものとみなされる。パブリック・スクールで学んだが経済的事情のためオックスフォード大学進学を断念せざるを得なかったというウッドハウスだが(とはいえ1939年にオックスフォードから名誉文学博士号を贈られている)、ジーヴスものもそうした英米知識人の教養を前提として書かれている。バーティーが豊富に引用、言及するキーツやワーズワースやらの詩、ギリシャ神話のエピソード、シェークスピアの箴言は、読書人ならば周知のものであるらしい。残念ながら訳者の教養はバーティーのそれに及ばず、明らかに何かの引用と思われるが本歌がわからない箇所が幾つもあった。慙愧に堪えない。

しかし言いたいのは、つまり前に挙げたような、多々ある「ウッドハウスを知っていれば」もっと面白いであろう読み物やらコントやら映画やらにおいては、英米の知的文化においてシェークスピアが占めるような位置をウッドハウスが占めている、ということなのだ。英米のユーモア文学を愛好するなら、ウッドハウスは当然知っていなければならない絶対の古典、必須の教養なのだ。少なくとも上に挙げた作家、製作者らは間違いなくウッドハウスを読んでいる。絶対に間違いなくである。

多作で手軽なウッドハウスの読み物は、大学で講義される文学というよりは、『書評家に黙殺されながらも広く大衆に愛読されている本がたくさんございます」とジーヴスが言うほうの大衆文学に属するのだろうが、名だたる作家、文学者、哲学者は多くウッドハウスを愛読した。吉田健一はウッドハウスの本を四、五十冊はもっているが『併しウッドハウスの全著作からすればまだ読まないのがその位はある筈でこれが揃ったときは内祝ひをしてもいい」と書いた。オーウェルも約50冊の著作を所有しているがまだ全著作の四分の一か三分の一は未読であろうかと述べている。

ウッドハウスの生い立ちについて簡単に記しておこう。ベラム・グレンヴイル・ウッドハウスが正式名だが、普通はP・G・ウッドハウスで通っている。1881年10月15日サレー州のギルフォードに生まれた。父親は香港に裁判官として赴任していたため、少年時代のウッドハウスは伯母たちの厄介になることが多かったらしい。ダリッジ校に学び、オックスフォード大学に進むところを、父親が退官したため経済的事情から進学を断念した。その後香港上海銀行のロンドン支店に勤務しながら、その傍らに文筆に勤しみ、1902年には処女小説『ポットハンター』を上梓した。ウッドハウスは1975年に93歳で没するまで現役で執筆を続け、実に作家生活は60年以上の長きにわたる。生前に発表された長編小説は69冊、短編集が19冊。本書のような、本来短編小説として書かれたものに編集、加筆して長編小説の体裁にしたものが11冊。さらに児童書、自伝が何冊かあって共著の著書もある、さらに脚本・作詞に関わったミュージカルが共作も併せて19本ある。さらにまたウッドハウスの死後出版された本も何冊かある。未完のまま絶筆となった『ブランディングス城の日暮れ』は死後の加筆を経て刊行された。学校生活もので小説家としてのみキャリアを開始したウッドハウスだが、他の代表作としては、『スミスにおまかせ』をはじめとするスミス氏もの、バクスターとエムズワース伯爵の登場するブランディングス城などがある。とはいえウッドハウスの造型した作中人物で最も有名かつ最も広く愛されているのが、やはりジーヴスとバーティー・ウースターであるのは、まず間違いない。

[書き手】森村たまき(翻訳家)
比類なきジーヴス / P.G. ウッドハウス
比類なきジーヴス
  • 著者:P.G. ウッドハウス
  • 翻訳:森村 たまき
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2005-02-01
  • ISBN:4336046751
内容紹介:
ぐうたらでダメ男の若旦那バーティーと、とんち男の召使いジーヴス。世界的に有名なこの名コンビと、オマヌケなビンゴやお節介屋のアガサ伯母さんたちが繰り広げる抱腹絶倒の人間喜劇。

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