前書き

『評伝 田畑政治: オリンピックに生涯をささげた男』(国書刊行会)

  • 2019/06/12
評伝 田畑政治: オリンピックに生涯をささげた男 / 杢代哲雄
評伝 田畑政治: オリンピックに生涯をささげた男
  • 著者:杢代哲雄
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(292ページ)
  • 発売日:2018-06-27
  • ISBN-10:4336062676
  • ISBN-13:978-4336062673
内容紹介:
2019年大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の主人公・田畑政治の、オリンピックに生涯をささげた熱い生きざまを描く。
今から55年前、日本で初めて開催された東京オリンピック招致の立役者となった男、田畑政治。静岡で生まれ、新聞記者からオリンピックの水泳監督となり、日本選手団団長、東京オリンピック組織委員会事務総長を歴任しながら、オリンピック開催直前に無念の降任となったその波乱万丈の人生を、田畑自らが語った草稿をもとに、田畑を最も近くで支え、東京オリンピック選手強化対策本部幹事、選手村情報センター長を務めた杢代哲雄氏がまとめた『評伝 田畑政治』。田畑のオリンピックに対する強い情熱を、杢代氏による本書前書きより抜粋して紹介します。

NHK大河「いだてん」後半の主人公、田畑政治の熱い生涯!

田畑さんのオリンピックにかけた情熱はたいへんなもので、その根底にはクーベルタン男爵とは別な現代人としての哲学がある。オリンピックで平和を、といったカラ文句ではなく、オリンピックが人類にもたらしてくれる恩恵をいかに活かすかに心を砕いたのであって、特に最近のようなアマチュアリズムの崩壊、オリンピックの金権体質への変転については、田畑さんの深く憂慮する問題事項であった。田畑さんは東京オリンピック以後、回を重ねるごとにエスカレートしてきた商業オリンピックに対し、これはいずれオリンピックは東西に分裂するぞとまで断言していた。商業主義が先行して政治の突き入る傷口をやたらと拡げる無警戒ぶり、国際的な、それも青年を主体とした相互理解と親善交流、それが起爆剤となっての純粋なスポーツの振興、この大切な目標を見失って、地球の一大ショーとなりつつあるオリンピックは、いち早く改められねばならぬというのが、田畑さんの変わらぬオリンピック論であり念願であった。それには世界各国のスポーツ関係者が、アマチュアスポーツの保持とオリンピックを原点に戻す努力をしなければならないのである。それをせずに、時代が変わればアマチュアリズムという考え方も変わるのは仕方ない、といった単細胞思考では、文化としてのスポーツに社会性を与え、スポーツを魅力溢れるものとする指導性は失われるに決まっている。時代は変わるのが当然である。ただその時代をどのように良い方向に変えていくかコントロールする努力が、時代時代の人の、しかも指導者たちの使命であろう。

田畑さんは、静岡県浜名湖での水泳との結びつきからオリンピックの舞台に乗り出し、まさにオリンピックに生涯をかけたわけだが、今日多くの人の口にのぼる「社会体育論」を初めて提唱した人でもある。世界にこの社会体育という名称は皆無である。それをあえて日本のスポーツ・体育の広場に投げかけたのは、田畑さんの長年にわたる日本でのスポーツ・体育の活動をふまえての補完的結語ともいえよう。そしてここまで啓蒙の論議を拡めたのは、朝日新聞社代表取締役まで経験したジャーナリスト田畑としての一貫した主張であり終章ともいえる。田畑さんはよくいった。資本主義も、社会主義も経済は時々刻々と変化する。その変わり方に違いこそあれ、いかに世界を平和の方向に、そして人類の繁栄と幸福のために変化させていくかが肝要である。スポーツ界だけが真空地帯でひと握りの指導者の好みにひきずられるのはよくない。経済が変われば政治も文化も変化し、影響されるのは当然だ。逆に政治や文化をどのように人間有利に展開させるかが大切であり、経済をコントロールすることの効力もあるのである。そこには、原因は結果を決めるが、結果はまた原因を誘発するといった科学的な因果律が存在する。人類の残した偉大な人間文化としてのオリンピックを原点に戻す運動には、現実の良い結果としての、誰もが賞賛できるオリンピック大会を実現させる努力をすることこそ必要である。それが原因としてのクーベルタンの理想と発想を呼び起こす誘発力になるのだ。要は現在のスポーツ界のあり方を追究し、同時にオリンピックのよりよき姿を求めることが現代人の使命なのである。
評伝田畑政治と題したものの、これは田畑さんの単なる伝記ではない。田畑さんのオリンピック運動の記録には違いないが、同時に現代のスポーツ及び体育人への強い要請であり、希望である。だからこそ、今さらではなく、今こそ田畑さんの足跡と意見が必要なのである。

末尾になったが、もともと田畑さんがお元気であった10年余りも前から、『田畑政治オリンピック回想録』を公にする計画があり、田畑さんはその実現を楽しみにしていた。そのため、田畑さんに仕えること35年にわたる筆者の責務として七年間口述筆記をして原稿をまとめた。7年かかったのは、田畑さんが多忙で、海外に出ることも少なくなかったし、特に晩年80歳を少し過ぎてからは病魔に襲われたためもある。資料は本書の三倍にものぼるが、今、何が必要かをしぼって、筆者の判断で抜粋した。東京オリンピック組織委員会事務総長田畑政治は、東京オリンピック大会の準備、つまり、すべてのレールを敷き終わったあと、オリンピック大会を目前にして足をすくわれた。田畑さんは何か悪いことをしたわけでもなく、われわれの目的が、このいきさつだけは明確に書いておきたいとする田畑さんの念願を活かすことにもあったことは事実である。このいきさつには特に注目していただきたい。

[書き手]杢代哲雄(1964年東京オリンピック選手強化対策本部幹事、選手村情報センター長)
評伝 田畑政治: オリンピックに生涯をささげた男 / 杢代哲雄
評伝 田畑政治: オリンピックに生涯をささげた男
  • 著者:杢代哲雄
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(292ページ)
  • 発売日:2018-06-27
  • ISBN-10:4336062676
  • ISBN-13:978-4336062673
内容紹介:
2019年大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の主人公・田畑政治の、オリンピックに生涯をささげた熱い生きざまを描く。

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