前書き

『最後の一年 緊急事態宣言ー学生アスリートたちの闘い』(毎日新聞出版)

  • 2021/10/08
最後の一年 緊急事態宣言ー学生アスリートたちの闘い / 毎日新聞運動部
最後の一年 緊急事態宣言ー学生アスリートたちの闘い
  • 著者:毎日新聞運動部
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(320ページ)
  • 発売日:2021-10-11
  • ISBN-10:4620327050
  • ISBN-13:978-4620327051
内容紹介:
新型コロナ感染拡大で大会が相次ぎ中止に。競技生活の集大成となる最終学年選手に焦点を当て逆境をバネに歩み続ける彼らの胸中に迫る
小学校から大学までの最終学年の学生アスリートたちは、日常からスポーツが消えたとき、何を思い、考え、どう行動したのか。
駅伝、野球、ラグビー、サッカー、アメリカンフットボール、ボクシング、視覚障害者向けのフロアバレーボールなど、さまざまな競技に取り組む彼らの胸中に毎日新聞の運動部記者たちが迫った『最後の一年 緊急事態宣言――学生アスリートたちの闘い』(毎日新聞出版)が発売されます。
本書の「はじめに」を特別公開します。
 

スポーツの原点に立ち戻る

澄み渡る春の青空をあれほど恨めしく思ったことはなかった。

2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大で政府の緊急事態宣言が全国に発令されていた。「家族でステイホームを」。不要不急の外出自粛が呼びかけられ、学校、街角や公園から人影が消えた。先の見えない中、真偽不明の情報が飛び交い、食料品や日用品の買い占めが続いた。殺伐とした空気と、閉塞感が社会全体を覆っていた。

スポーツ界では、3月24日、夏に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックの1年延期が決定し、国内スポーツも相次ぎ中止に追い込まれていた。トップから草の根レベルまで、一様に日常からスポーツ大会が消えた。現場を失ったのは選手だけではなく、私たち毎日新聞運動部の記者も同じだった。予定していた取材が相次いでなくなり、在宅勤務が呼びかけられた。「記者たるもの、まずは現場へ走れ」。そう教え込まれてきた私たちは180度の環境の転換に戸惑った。この状況で何が書けるのか、何を書かなくてはならないのか、試されている気がした。

連載は入社7年目の黒川優記者の呼びかけがきっかけで始まった。今後の取材の構想をチャットアプリで出し合っていた時、活動が止まった学生スポーツの現場の切実な思いを描きたいと書き込んだ。黒川記者は一橋大学ラグビー部で副将を務めた元ラガーマンで、現役部員からメーリングリストでOB宛てに相次いで届いた「部活動休止のお知らせ」「再開時期未定」のメールに心を痛めていた。「秋の大会から逆算して1年間のスケジュールを立てることの大切さは身に染みて分かっていたので、自分だったら心が折れてしまうんじゃないかと思った」という。

そこからアイデアを膨らませて生まれたのが「#最後の1年」だった。小学生から大学生まで、競技生活の集大成である最終学年を迎えた選手たちに焦点を当てることにした。感染対策から「密着」を避けなければならない中、どこまで取材がかない、胸中に迫れるのか、不安はあった。だが、仲間との残り時間が刻々とカウントダウンを続ける最終学年の選手たちの切迫感を同時進行で伝え、卒業していく時にどんな言葉を残すのか見届け、記録したい。覚悟を決め、取材班は動き出した。

最初は電話取材やオンライン取材が中心となった。特にパソコン越しのオンライン取材は、多くの記者にとって初めての経験だった。この企画で天理大学ラグビー部や奈良県立御所(ごせ)実業高校ラグビー部などを取材した入社8年目の長宗拓弥記者は当初、慣れないやり取りに戸惑った。「対面取材のように場が温まらず、根掘り葉掘り聞きづらい空気感があった」という。だが中学から大学まで10年間、野球部に所属した長宗記者は自身の経験を基に、相手の置かれた苦境を想像し、胸中に迫る努力を続けた。次第に距離が縮まり、「兄貴的な感情になっていた」8月、天理大ラグビー部では部員62人の集団感染が起きる。

2018年平昌(ピョンチャン)冬季パラリンピックを現地取材するなど障害者スポーツの取材を続ける入社11年目の谷口拓未記者は、筑波大学付属視覚特別支援学校フロアバレーボール部を取材先に選んだ。社会的に感染対策のための「ソーシャルディスタンス」の確保が叫ばれたが、視覚に障害のある選手には簡単なことではない。部活動再開はより慎重にならざるを得ない。北海道遠軽(えんがる)高校野球部主将として夏の甲子園まであと1勝だった北北海道大会決勝で敗れた経験を持つ谷口記者は、戦うことすら許されず、「盲学校の甲子園」と称される「全国盲学校フロアバレーボール大会」への道が断たれた選手たちの思いに迫る。

取材班キャップとして指揮を執った入社15年目の小林悠太記者は、草の根のスポーツの動きを追う。埼玉県川越市に拠点を置くドッジボールのスポーツ少年団「高階(たかしな)イーグルファイターズ」への取材では、医療現場などで働く親が子供たちの練習参加を巡り苦渋の決断を迫られたことを知る。立教大学バレーボール部出身の小林記者は、埼玉県坂戸市のバレーボール一家にも取材を続けた。目標の大会が中止となり、スパイクが打てる日がいつ戻るとも分からない中、黙々と公園を走り続ける主人公の中学生の姿に「成績や名誉のためでなく、好きだからスポーツをやる」という原点を教えられていくのである。

他にも多くの運動部の記者が取材班に加わり、2020年5月から2021年4月までに90本近い記事を毎日新聞のニュースサイトと紙面で連載した。本書はその中から反響の大きかった記事に、新たに取材した記事も加え、季節ごとに5章にまとめた。さらに、記事に対し寄せられた声も番外編として加えてある。

デスクワークを担当した私は、手探りで取材を始めた記者たちが次第に取材対象に近づき、本心に迫っていくのを原稿を通じて感じた。そして、どれほど閉塞感が世の中を包み込もうとも選手たちの折れないハートに勇気をもらい、いかに人間とは強いものなのかを知った。感染拡大の中、どんなドラマが展開されていたのか、選手や家族たちにとってスポーツはどんな存在だったのか、時に記者の姿も思い浮かべながら読み進めてほしい。

[書き手]毎日新聞運動部(東京本社運動部長 藤野智成)
最後の一年 緊急事態宣言ー学生アスリートたちの闘い / 毎日新聞運動部
最後の一年 緊急事態宣言ー学生アスリートたちの闘い
  • 著者:毎日新聞運動部
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(320ページ)
  • 発売日:2021-10-11
  • ISBN-10:4620327050
  • ISBN-13:978-4620327051
内容紹介:
新型コロナ感染拡大で大会が相次ぎ中止に。競技生活の集大成となる最終学年選手に焦点を当て逆境をバネに歩み続ける彼らの胸中に迫る

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