本文抜粋

『日本の進む道 成長とは何だったのか』(毎日新聞出版)

  • 2023/07/10
日本の進む道 成長とは何だったのか / 養老 孟司
日本の進む道 成長とは何だったのか
  • 著者:養老 孟司
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(240ページ)
  • 発売日:2023-03-29
  • ISBN-10:4620327727
  • ISBN-13:978-4620327723
内容紹介:
考え方を変えなければ停滞は続く。30年に及ぶ停滞の原因は? 南海トラフ後をどう生きる? 科学者とエコノミストが国の未来を探る
経済低迷、止まらない少子化、2038年までに起こる南海トラフ大地震……困難な時代だからこそ、停滞する社会を変えるチャンスかもしれない。私たちが直面する危機について、養老孟司さんと地域エコノミスト・藻谷浩介氏さんが、明るく語り合った『日本の進む道 成長とは何だったのか』が刊行されました。対談の冒頭部分を特別公開します。

危機をチャンスに


成長とは何だったのか


藻谷 日本の中高年が、四六時中口にする「経済成長」という言葉。聞くたびに、中国であれば「聖王の御世」、中世ヨーロッパでいえば「神の国」、平安時代なら「御仏のお慈悲」といった言葉に共通する響きを感じます。自分たちで達成すべき目標というよりも、「誰かが達成してくれたら、それにすがりたいものだ」というニュアンスを。他力本願であり、かつ言い訳含みでもある。自分の失敗を「経済成長がないからだ」と他責して済ます、そんな自己正当化のためのバズワード。

これを口にしている60代以上の人には、今でも高度成長期へのノスタルジーのようなものが強くあるのでしょうか。あの時代を覚えているのは、1964年生まれで石油ショック当時に小学校3年生だった僕なんかがほぼ最後の世代でしょう。もう少し下の世代になると、たぶん覚えていないと思います。


養老 私はそういう人に混ざったことがないのでわかりませんが、いま経済成長と言って、どれだけの人が乗るんでしょうね。つまり普通の人はどう思うのでしょうか。


藻谷 お感じなのは、「経済成長という言葉は、実際のところもうそれほど多くの人を奮い立たせないのではないか」ということですね。僕は海外への個人旅行が趣味で、おかげさまでこれまでに、世界の独立国の5分の3まで自費で見て歩きましたが、数字はともかく実態としては、標準的な日本の庶民の生活は、世界の中では明らかに便利で多様な楽しみがあって安定しています。と言いますか、世界の庶民の暮らしは、先進国であっても普通は、もっと不便で単調で不確実性に満ちている。日本はガラパゴス化した国ではありますが、若い人にもそのあたりの実態はなんとなく伝わっていて、さらなる経済成長を目標とするというのは実は余り熱意をかきたてないのかもしれません。


養老 亡くなった安倍(晋三)総理が最初に出てきたとき、再び経済成長をさせようとしたわけでしょう。それが世論だと思ったんでしょう。それとも世間の雰囲気だと思ったのかな。その頃から逆に、「脱成長」の声が激しくなってしまったわけです。それを見て、政治家らしく、まずいんじゃないかと思ったのでしょうかね。


藻谷 本人以上に、その周囲ではしゃいでいた人たちが最初にどう思っていて、その後にどう変心したのかしなかったのかに興味がありますね。先生のまわりには、当時、アベノミクスに熱狂していたお知り合いはいませんか。


養老 全然知りません。


藻谷 実は私もそうなんです。ですが、見も知らぬマネーゲーマーたちは、「株を上げてくれたから安倍さんは偉かった」と、今でも喜んでいるのでしょう。彼らにとって経済成長とは株価上昇ですから。

なにぶんアベノミクスの間に株価は3倍近くにまで上がりましたし、2021年の日本の輸出額は史上最高で、国民一人当たりの金融資産もその年は世界最高水準でした。しかし名目GDP自体は、アベノミクスの間に年1%台しか成長しなかったのです。個人消費に至っては、ほぼ横ばいでした。ちなみにこれは円ベースの話でして、世界は当然に米ドル換算で経済を見ているのですが、そのドル換算ではGDPも個人消費もアベノミクスの間に2割もの減少です。ですから日本人は、圧倒的に史上最高の株価を横目に、不景気だ、長引く景気低迷だと言い続け、政府も毎年何十兆円を「景気対策」に使っている。

お聞きになっても何のことかわからないと思いますが、皆が訳の分からないまま「経済成長踊り」を続けてヘロヘロになっています。他方で少子化は歯止めなく進み、地球環境もどんどん壊れているらしい。


養老 経済の世界を詳しく見ていないので、よくはわかりませんが、たぶんこれまでの社会をこのまま続けていくことはできないということに、普通の人が気づいたのではないでしょうか。

  

経済成長という強迫観念


養老 成長に対して、なんとはなしの空気が作られていて、寄り集まって、「成長しないといけない」というふうに「空気」が動いていったのでしょう。ひとりでにそうなったから、誰かが偉いというわけではない。日本はこうしようと思ってこうなったと言えないから、国連に行って演説もできない、ということですかね。


藻谷 特に目指していたわけでもないのだけれども、なんとなくそういう状況になっていったというか。


養老 昭和天皇の開戦の詔勅の「誠(洵)にや(已)むを得ざるものあり」と同じです


藻谷 先生が多くのご著書で指摘されている、「まったく本意ではないのに、なるようになったら仕方なく戦争になっていた」という話。


養老 そうだと思います。


藻谷 なるほど。経済成長も、「誠にやむを得ず〝成長〟してきた」という感じなのかもしれませんね。本意ではなかったが海を埋め、山を削り、長時間労働に耐え、なるように流されてきたら少子化の止まらない経済大国になっていたと。すると今度は、「誠にやむを得ず〝脱成長〟に向かう」という雰囲気になっていくのかもしれません。


養老 というより、日本はもう、脱成長しているんじゃありませんか。30年間も成長していないんだから。仮にこの30年間、日本のGDPが上がり続けていたら、相当の二酸化炭素を排出していたでしょう。現代において経済が発展するということは、エネルギーを使うことと同義ですから。日本はGDPが上がっていないから脱炭素になっているはずでしょう。

だったら、日本は成長しなかった分の二酸化炭素を出してもいいはずじゃないかと、国連で演説してもいいんじゃないですか。「成長しなかったから二酸化炭素の排出量が抑えられた。皆さんばかり成長してけしからん」と主張すればいい。これは彼らの参考にもなると思います。


藻谷 なるほど。言われてみればそのとおりです(笑)。


[書き手]養老孟司・藻谷浩介
日本の進む道 成長とは何だったのか / 養老 孟司
日本の進む道 成長とは何だったのか
  • 著者:養老 孟司
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(240ページ)
  • 発売日:2023-03-29
  • ISBN-10:4620327727
  • ISBN-13:978-4620327723
内容紹介:
考え方を変えなければ停滞は続く。30年に及ぶ停滞の原因は? 南海トラフ後をどう生きる? 科学者とエコノミストが国の未来を探る

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