書評

『性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉』(風濤社)

  • 2021/09/13
性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉 / ヴィーチェスラフ・ネズヴァル,インジフ・シュティルスキー
性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉
  • 著者:ヴィーチェスラフ・ネズヴァル,インジフ・シュティルスキー
  • 翻訳:赤塚 若樹
  • 編集:赤塚 若樹
  • 出版社:風濤社
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2015-05-23
  • ISBN-10:4892193968
  • ISBN-13:978-4892193965
内容紹介:
チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉。テクストと多数の絵が織りなす、チェコにおけるシュルレアリスムの実践!

エロスの可能性を言語そして図像を通して探求する――日本で独自に編集されたチェコのシュルレアリストたちの散文作品集

チェコ・シュルレアリスムには『ナジャ』に匹敵する作品がないと言われる。たしかに第一世代のメンバーのなかで詩人として知れられていたのはヴィーチェスラフ・ネズヴァル(一九〇〇‐一九五一)だけであり、彼の『プラハの散策者』(一九三八)はボヘミアの首都を舞台にした散文とはいえ、グループ脱退後に発表した作品ということもあり、ブルトンの著書のような強度は感じられない。だが数はそれほど多くはないものの、チェコのシュルレアリストたちも散文を残している。

その代表的なものが今回日本で独自に編集された『性の夜想曲』である。同書は二部から構成され、「エロス」と題された第一部には詩人ネズヴァルの『性の夜想曲』および画家インジフ・シュティルスキー(一八九九‐一九四二)の『エミリエが夢のなかで私の許にやってくる』、第二部「夢」にはシュティルスキーの『夢(一九二五‐一九四〇年)』(抄訳)が収められ、チェコ・シュルレアリスムの一面を垣間見ることができる。核をなす『性の夜想曲』(一九三一)と『エミリエ』(一九三三)の二編はチェコでシュルレアリスト・グループが一九三四年に結成される以前の作だが、タイトルが示す通り、エロス文学の系譜に連なる作品ともなっている。

二十世紀のチェコ詩を代表する詩人でもあるネズヴァルの作品には、思春期の若者が娼館で初体験をするまでの様子が赤裸々に綴られている。性的な表現を口にするだけでも興奮をおぼえる若者の心の動きがフェティシズム的な関心とともに描かれていくこの文章は、単なる初体験の物語のようにも読めるが、「頭」「閉じた空間」「写真」といった表現が強迫観念のように繰り返されることで、主人公の不安なまなざしを読者は追体験することができる。

画家・写真家として知られるシュティルスキーは性的な主題を中心に扱う「叢書69」の編者をつとめていたが、本書には、彼の造形作品との関係が窺えるふたつの文章が収録されている。夢(あるいは現実)に現れたエミリエという女性とのやりとりや夢の一部が断片的に提示されていくが、これらの断片は文脈から切り離されているがゆえにかえって想像力を掻き立てるものとなっている。たとえば『エミリエ』の結びは「エミリエの美しさが生み出されたのは衰えゆくためにではない。腐敗していくためにだったのだ」という一節で終わっているが、「腐敗」という言葉に込められた意味をめぐって多様な解釈を試みることができるだろう。

すでに多くのシュルレアリストたちがエロスへの関心を表明し、さまざまな作品を残していることは言うまでもない。性的衝動の原初的な発現を主題とするネズヴァルとシュティルスキーの文章もその系譜に連なるものだが、この書物の特徴は、シュティルスキーによる挿絵がテクストとの緊張関係を創出している点にある。頭部や乳房といった身体の一部、ヘビ、蝶、魚といった生物、柱、瓶などのオブジェも断片的に組み合わされたコラージュは、テクスト同様に断片的であるがゆえに、言語表現と図像表現に込められたさまざまな象徴性を想起させ、テクストとイメージ間の知の往還を可能にしている。そしてまた、一般社会では隠蔽されてしまう性を主題とすることで、書き手がみずからの意識の深みに下りていくのに合わせて、読者もまた自身の記憶と想像力を振動させることができる(これらの作品はいずれも私家版として刊行され、長年、公の場から遠ざけられていた)。

シュティルスキーが編集を担当した雑誌「エロティツカー・レヴュー」には、同じくチェコ・シュルレアリスムのメンバーの一員であり、精神科医ボフスラフ・ブロウク(一九一二‐一九七八)による「世界観としての自慰」という論考が収められている。このなかで、ブロウクは性交よりも自慰の重要性を説くが、それは、前者が単なる物理的な行為であるのに対し、後者はより想像力を必要とするからだという。この指摘からも、エロスは精神的な領域に深く根を下ろし、さらに表現形式を突き動かす衝動となっているのがわかる。ネズヴァルとシュティルスキーによるこの書物は、このような想像力の根源としてのエロスの可能性を言語そして図像を通して探求した書物となっている。

エロスという源泉がネズヴァルとシュティルスキーというふたりの個性によって昇華されていく文章をぜひ堪能していただきたい。
性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉 / ヴィーチェスラフ・ネズヴァル,インジフ・シュティルスキー
性の夜想曲 チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉
  • 著者:ヴィーチェスラフ・ネズヴァル,インジフ・シュティルスキー
  • 翻訳:赤塚 若樹
  • 編集:赤塚 若樹
  • 出版社:風濤社
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2015-05-23
  • ISBN-10:4892193968
  • ISBN-13:978-4892193965
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チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉。テクストと多数の絵が織りなす、チェコにおけるシュルレアリスムの実践!

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初出メディア

図書新聞

図書新聞 2015年9月12日

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