書評

『ソーネチカ』(新潮社)

  • 2020/10/23
ソーネチカ / リュドミラ・ウリツカヤ
ソーネチカ
  • 著者:リュドミラ・ウリツカヤ
  • 翻訳:沼野 恭子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(142ページ)
  • 発売日:2002-12-01
  • ISBN-10:4105900331
  • ISBN-13:978-4105900335
内容紹介:
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカは、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚する。当局の監視の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送… もっと読む
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカは、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚する。当局の監視の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送る夫婦。一人娘が大きくなり、ヤーシャという美少女と友達になって家に連れてくる。やがて最愛の夫の秘密を知ったソーネチカは…。神の恩寵に包まれた女性の、静謐な一生。幸福な感動をのこす愛の物語。仏・メディシス賞(外国文学部門)受賞。伊・ジュゼッペ・アツェルビ賞受賞。
この小説の魅力を伝えるのは、ひどく難しい。ストーリー自体がこみいっているわけでもないし、難解な思想が語られているわけでもない。むしろその逆で、シンプルすぎるほどなのに。

主人公は幼い頃から本の虫で、容貌の冴えないソーネチカ。その彼女が第二次世界大戦のため疎開した先の図書館で、反体制気質の芸術家ロベルトに見初められる。当局に監視され、流刑地を移動させられながらも、幸せな結婚生活を送る二人。やがて、一人娘ターニャを授かり、ロベルトの芸術家としての才能も国内外に知られるようになり、生活は豊かになっていく。ところが、成長したターニャがクラスメートの美少女ヤーシャを家に連れてくると、その幸せにも翳(かげ)りがさしはじめ――。

よくありがちな“女の一生”を描くタイプの物語かと思われてしまいがちな粗筋。読み始めれば、ものの二時間で読了できるコンパクトなサイズ。なのに、読後感はといえば、ありがちなどころか希有、コンパクトどころかラージサイズ。余韻がいつまでも心の中にさざ波を立て続けるのだ。これはストーリー展開の起伏で読ませるのではなく、ソーネチカという一人の女性の魂のたたずまいを、そのまま読者の魂に刻印してしまう類(たぐ)いの作品なのである。

親切と愛情を尽くした相手から裏切られても、なじるどころか以前にも増して思いやりを注ぎ続けるソーネチカ。家族の中で自分だけが貧乏くじを引かされても「娘も夫も、なんて素敵な人生を送っているんだろう、ふたりともみずみずしい若さがはじけんばかり……、わたしだけ、もう何もかもおしまいだなんて、ほんとうに残念、でもいろんなことがあって、なんて幸せだったろう」と満足するソーネチカ。幸福な結婚生活が幕をおろした時も、プーシキンの短編小説を何ページか読み、その「研ぎすまされた言葉やこの上なく気品あふれる表現を味わっているうちに」「静かな幸福感に満たされて」いくソーネチカ。

彼女のことを、多幸感に襲われた頭の鈍い女なんじゃないのと思うのは、あなたがまだこの類い希なる小説を読んでいないからだ。騙されたと思って読んでほしい。短い物語だし、易しい語り口だから。その時でも、あなたはまだソーネチカのことを愚鈍と断ずるだろうか。否、決して! 出会った時のロベルトも認めた「まぎれもなく内側から光り輝いている」魂のきらめきに打ちのめされ、「賢者の石に触れるのにも等しく、過去を浄化させる魔法のメカニズムになっている」魂の温もりに慰められるはず。そして、ソーネチカと出会えた幸福に深く深く包まれるに違いないのである。
ソーネチカ / リュドミラ・ウリツカヤ
ソーネチカ
  • 著者:リュドミラ・ウリツカヤ
  • 翻訳:沼野 恭子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(142ページ)
  • 発売日:2002-12-01
  • ISBN-10:4105900331
  • ISBN-13:978-4105900335
内容紹介:
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカは、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚する。当局の監視の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送… もっと読む
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカは、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚する。当局の監視の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送る夫婦。一人娘が大きくなり、ヤーシャという美少女と友達になって家に連れてくる。やがて最愛の夫の秘密を知ったソーネチカは…。神の恩寵に包まれた女性の、静謐な一生。幸福な感動をのこす愛の物語。仏・メディシス賞(外国文学部門)受賞。伊・ジュゼッペ・アツェルビ賞受賞。

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初出メディア

GINZA

GINZA 2003年4月号

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