書評

『突囲表演』(河出書房新社)

  • 2020/08/27
突囲表演 / 残雪
突囲表演
  • 著者:残雪
  • 翻訳:近藤 直子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(508ページ)
  • 発売日:2020-09-05
  • ISBN-10:4309467210
  • ISBN-13:978-4309467214
内容紹介:
カフカやピンチョンと並ぶ天衣無縫の想像力。
現代中国の鬼才による代表作が、ついに文庫化。

X女史の年齢は諸説紛々二十八通りあり、ピンは五十歳からキリは二十二歳まで。
容姿は「皺だらけ」とも「性感(セクシー)」とも噂され、小さな煎り豆屋を営みながら、
裏で五香街(ウーシャンチェ)の住人たちを狂気へと誘う……。

おそるべき密度と回転速度で描き出す、究極の監視社会と、アナーキーなX女史。
突破せよ、女たち! 軽やかに、ひょうひょうと。
——斎藤美奈子
不倫もお国柄や書き手の資質が違えば、まるでその表情を変えてしまうわけで、たとえば一世を風靡した渡辺淳一の『失楽園』と、現代中国文学の巨匠・残雪の『突囲表演』。両者の間に横たわるさまざまなレベルの溝を考えると、この国の住人であるわたしはガックリを超えていっそ痛快ですらある。五香街(ウーシャンチェ)で起こったX女史とQ男史の姦通事件の謎をめぐって住人が侃々諤々(かんかんがくがく)の大騒ぎ。その醜態を描くことで人間性に内在する卑小と尊大、社会による個人の圧殺の構図を暴いて戦慄的な傑作が、この『突囲表演』という小説なのだ。

昼間は夫と煎り豆屋を営み、夜は鏡を使った巫術(ふじゅつ)を操り、周囲と同調せず、我が道を突き進む強烈な個性の持ち主X女史。虚像を看破し、ものの姿をありのままに捉えることができるX女史の心眼ともいうべき第三の眼に魅入られて、真面目な小役人で良き夫を演じてきた自分の殻から飛び出し、徐々に共同体から逸脱していくQ男史。その二人の交情が、自分たちの倫理観や思想に合致しないという理由で彼らを監視し、言動を非難し、嫉妬のあまり人格を貶(おとし)めることで、自らの心の安寧とする街の人々。ここにはその時々の思想や政治を盲信することで(たとえば文化大革命)、隣人同士糾弾しあい、財産や人権を略奪しあってきた近代中国が抱える深い闇が描かれている。

本書は、幼時にそうした理不尽にさらされた経験から一貫して批判精神旺盛な人生を送っている作家・残雪の自伝的要素が強い作品と目されている。が、そうした暗いリアルな心情から生まれたにもかかわらず、『突囲表演』の全体的な印象は賑やかかつユーモラスかつ幻想的。南米文学のマジックリアリズムを思わせる豊饒がここにはある。セックスのことを「業余文化生活」と言い換えたり、昨日までの生け贄(にえ)を今日は指導者に持ち上げたりといった明らかな自己欺瞞にも一切反省することなく、今を生き延びていく中国人民のたくましさと議論好きの貌(かお)、大陸レベルに壮大なユーモア感覚が横溢して、ポリフォニック(多声的)な味わいと驚愕に満ちた作品になっているのだ。

『失楽園』レベルの通俗的な物語性と言語性に囲まれている日本人にとって、この饒舌な文章が最初は馴染みにくいかもしれない。けれど一旦、語りのペースにハマれたらしめたもの。奇想天外な物語に没入させられること必定だ。わたしたちの国では二十年に一冊出るかどうか、そのくらいの傑作小説なんである。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

突囲表演 / 残雪
突囲表演
  • 著者:残雪
  • 翻訳:近藤 直子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(508ページ)
  • 発売日:2020-09-05
  • ISBN-10:4309467210
  • ISBN-13:978-4309467214
内容紹介:
カフカやピンチョンと並ぶ天衣無縫の想像力。
現代中国の鬼才による代表作が、ついに文庫化。

X女史の年齢は諸説紛々二十八通りあり、ピンは五十歳からキリは二十二歳まで。
容姿は「皺だらけ」とも「性感(セクシー)」とも噂され、小さな煎り豆屋を営みながら、
裏で五香街(ウーシャンチェ)の住人たちを狂気へと誘う……。

おそるべき密度と回転速度で描き出す、究極の監視社会と、アナーキーなX女史。
突破せよ、女たち! 軽やかに、ひょうひょうと。
——斎藤美奈子

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チッタ(終刊)

チッタ(終刊) 1997年12月号

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