書評

『The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State』(Tim Duggan Books)

  • 2020/02/01
The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State / Nadia Murad
The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State
  • 著者:Nadia Murad
  • 出版社:Tim Duggan Books
  • 装丁:ペーパーバック(320ページ)
  • 発売日:2018-10-16
  • ISBN-10:1524760447
  • ISBN-13:978-1524760441
内容紹介:
WINNER OF THE NOBEL PEACE PRIZEIn this intimate memoir of survival, a former captive of the Islamic State tells her harrowing and ultimately inspiring story. Nadia Murad was b… もっと読む
WINNER OF THE NOBEL PEACE PRIZE

In this intimate memoir of survival, a former captive of the Islamic State tells her harrowing and ultimately inspiring story.

Nadia Murad was born and raised in Kocho, a small village of farmers and shepherds in northern Iraq. A member of the Yazidi community, she and her brothers and sisters lived a quiet life. Nadia had dreams of becoming a history teacher or opening her own beauty salon.

On August 15th, 2014, when Nadia was just twenty-one years old, this life ended. Islamic State militants massacred the people of her village, executing men who refused to convert to Islam and women too old to become sex slaves. Six of Nadia’s brothers were killed, and her mother soon after, their bodies swept into mass graves. Nadia was taken to Mosul and forced, along with thousands of other Yazidi girls, into the ISIS slave trade.

Nadia would be held captive by several militants and repeatedly raped and beaten. Finally, she managed a narrow escape through the streets of Mosul, finding shelter in the home of a Sunni Muslim family whose eldest son risked his life to smuggle her to safety.

Today, Nadia's story—as a witness to the Islamic State's brutality, a survivor of rape, a refugee, a Yazidi—has forced the world to pay attention to an ongoing genocide. It is a call to action, a testament to the human will to survive, and a love letter to a lost country, a fragile community, and a family torn apart by war.

ノーベル平和賞のヤジディ教徒の女性が、ISISの「性奴隷」にされた地獄の日々

ISISに侵略されたイラク北部では、男性と老いた女性はすべて殺され、若い女性は人間ではない「性奴隷」として扱われた

2018年のノーベル平和賞の受賞者は、コンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲとイラク北部出身の人権活動家ナディア・ムラドだった。「戦争や武力紛争の武器としての性暴力を撲滅するための努力」が2人の受賞の理由だ。

ムクウェゲ医師は、コンゴで暗殺未遂や脅迫にあいながらも何万人ものレイプや性暴力の被害者を治療してきた長年の功績が評価された。一方、25歳の若いムラドが評価されたのは、武力紛争の性暴力のサバイバーとしての「声をあげる勇気」だ。

ムラドが注目を集めるようになったのは、2015年12月の国連安全保障理事会でのスピーチだった。過激派の「イスラム国(ISIS)」が少数民族ヤジディに対して行った集団虐殺と性暴力を調査し、公正な裁きと、現在もISISに拘束されたままのヤジディの救済を求めるものだった。このとき、ムラドはまだ22歳だった。そして、翌年に23歳で国連親善大使に就任した。これらの活動を援助したのが、人権弁護士のアマル・クルーニー(ジョージ・クルーニーの妻)だ。

アマル・クルーニーは、2017年11月に発売されたムラドの回想録『The Last Girl (最後の少女)』で「まえがき」も寄稿している。この回想録を読むと、ムラドが訴えたいヤジディ教徒の悲惨な状況が理解できる。

まず、イラクの主要民族はアラブ人とクルド人で、大多数がアラブ人だ。そして、宗教では9割以上がイスラム教(シーア派、スンニ派)である。外務省のデータによると、アラブ人のシーア派は約6割でスンニ派は約2割。そして、クルド人の大部分がスンニ派である。宗教少数派にキリスト教、ヒンドゥー教などもあるが非常に少ない。

ムラドは、イラク北部のシンジャール山に近いコチョ(Kocho)という農村で生まれ育った。この村に住むのはヤジディという少数民族で、独自の宗教を信じる宗教マイノリティでもある。イスラム教、キリスト教、ゾロアスター教など多くの宗教が混じり合ったようなヤジディは、イスラム教徒が多いイラクでは「邪教」として冷遇されてきた。

しかし、2003年にアメリカ軍が始めたイラク戦争がこの地方のヤジディの生活を変えた。スンニ派のアラブ人だったサダム・フセイン大統領が失脚(裁判の末に処刑)すると、シンジャール地方を支配するのはアラブ人からクルド人に代わった。クルド人とアメリカ軍はこの地方に携帯電話の基地局を設置し、学校を建てた。アメリカ軍とヤジディとの関係は良好で、一時的に彼らの生活は劇的に改善した。

しかし、その状況は長続きしなかった。

2014年8月、ISISがコチョを含むシンジャール地方のヤジディ教徒の村々を侵略した。コチョを包囲したISISは村人にイスラム教への改宗を命じたが、ヤジディたちはそれを拒否。ISISは男性と老いた女性のすべてを処刑し、子供と若い女性を拘束した。男子を処刑せずに拘束したのは、洗脳してISISの戦士に育てることができるからだ。

21歳のナディア・ムラドは、この日、母親と6人の兄弟を殺され、故郷から連れ去られた。

ほかの若い未婚の女性たちとバスに乗せられたムラドは、旅の途中でISISの戦士から体を触られ、ついに耐えられなくなって叫び始めた。その罰として暴力を振るわれたあげくに「おまえたちはサバヤになるのだ」と知らされた。サバヤ(単数はSabiyyaで複数はSabaya)とは、人身売買される性奴隷の女性のことだ。

そのときようやくムラドはこう理解した。

「ヤジディの女は異教徒であり、過激派によるコーランの解釈では、奴隷をレイプするのは罪業ではないのだ。私たちは新たに採用する兵士をひきつけるために使われ、忠誠心や良い行いへの褒美としてたらい回しにされる。それが、このバスに乗っている私たち全員を待ち構えている運命だ。私たちはもはや人間ではない。私たちは、サバヤなのだ」

シンジャール地方の侵略に先立って、ISISは兵士の採用と教育のためのパンフレットを作っていた。これはコーランを解釈したものだが、世界中のイスラム教指導者たちが禁じている類の解釈だ。

またイスラム教では、結婚していない男女が接触することは基本的に禁じられているし、イスラム教徒の女性は人間として尊重しなければならない。けれども、ヤジディの女性は人間ではないのでレイプしても罪にはならない、と言うのだ。これは、結婚前に女性と性交渉ができないイスラム教の若い男性にとっては魅力的な就職の恩恵だった。

ムラドが繰り返し伝えているのは、「ISISによるレイプは武力紛争の混乱で偶発的に発生したものではない。計画的なものだ」ということだ。

実際に、ISISがガイドラインとして作った『捕虜と奴隷にするときの問答集』というタイトルのパンフレットには次のように詳細にわたるレイプのQ&Aがあった。

Q:思春期に達していない女の奴隷と性交するのは許容されるか?
A:性交にふさわしければ、女の奴隷が思春期に達していなくても許容される。
Q:女の捕虜を売ることは許容されるか?
A:女の捕虜と奴隷を売ったり、買ったり、贈り物として与えることは許容される。なぜなら、それらは単に所有物だからだ。

ヤジディはイスラム教ほど厳しい制約はないし、女性が髪や脚を覆う風習もない。けれども、女性は結婚するまでは処女でいることが求められ、男性と2人きりになることはない。この村の若い女性にとって、美しい花嫁衣装を着て結婚するのを夢見るのが唯一の「ロマンス」だ。

そんなヤジディの女性たちが市場で家畜のように売られ、買った男から殴られ、蹴られ、レイプされる。「処女」としての価値を失った後で何度も売買され、集団レイプされるのだ。その精神的な打撃や屈辱は、想像を絶するものだ。レイプされる前に自殺を選んだ女性もいたという。

奴隷としてヤジディの女性を買った男は「結婚」という手続きを取る。だが、これはヤジディをイスラム教に改宗させ、そのうえで「結婚」した男が都合よく売り買いできる「所有物」にするためのものだ。女性に尊厳を与えるための儀式ではない。だから、ムラドと「結婚」した判事は、逃亡しようとしたムラドを罰するために数人の男にレイプさせたあげくに売り払った。

「ISISは、未婚のヤジディの女性にとってイスラム教に改宗して処女を失うのがどれほど絶望的なことかを知っていた。そのうえで、彼らは私たちにとっての最大の恐れを利用した。それは、私たちのコミュニティと宗教指導者たちが私たちをもう受け入れてくれないということだ」とムラドが書くように、ISISの心理操作は計画的なものだった。

ムラドを最初に買った判事は「逃げられるものなら逃げればいい。構わないぞ」とムラドに言った。「家に戻りつくことができても、お前の父親か叔父が殺す。おまえはもう処女じゃないし、イスラム教徒なのだから」と。

イラクには家族の名誉を傷つけるような行為(婚前交渉など)をした女性を家族が殺す「名誉殺人(honor killings)」という風習がある。ヤジディの間では非難される行為だが、ムラドの村でもイスラム教徒の恋人と結婚するために改宗しようとした未婚の女性に家族が石を投げて殺した事件があった。だから、家族を愛し、兄弟を信頼していたムラドですら、家族やコミュニティから再び受け入れてもらえる絶対の自信はなかった。

それでもムラドは逃げることを選んだ。誰かに助けてもらうのを待つのではなく、自分で塀を超え、助けてくれる家族を探して逃げ切った。そして、もう純潔ではないヤジディの女性として自分のコミュニティからも差別的な目で見られることを覚悟で、現在でも拘束されている女性たちを救出してもらうために自分の体験を語ることにしたのだ。

これが、ノーベル賞委員会が評価したムラドの「声をあげる勇気」だ。

しかし、ムラドの『The Last Girl』は、アメリカ社会にとってセンシティブな回想録でもある。

2001年9月11日の同時テロ以来、アメリカではイスラム教とイスラム教徒に対する偏見や敵意が高まった。加えて、トランプ大統領は就任後まもなくイスラム圏諸国からの入国を禁じる大統領令を出した。「イスラム教恐怖症」のような雰囲気さえあるアメリカで、ムラドの回想録はイスラム教のイメージをさらに悪くする可能性がある。

しかし、イスラム教徒のなかには、水も飲めないほど病んでやせ細っているムラドをレイプし続けたISISの戦士もいれば、何の見返りもないのに、殺されるリスクを承知でムラドを安全な地に送り届けたナサーという青年もいる。この本は、イスラム教だけでなく、人間が持つ闇と光のどちらも語っている。

ノーベル平和賞の受賞が決まった後、取材を受けたムラドの顔に笑顔はなかった。喜びよりも、まるで賞を受けたことでさらに重くなった責任に押しつぶされないように耐えているようだった。

ノーベル平和賞は、平和を達成した人物を評価するというより、政治的なメッセージを送る目的で授与される印象がある。そういった場合、受賞者に敵意を持つ者に攻撃のモチベーションを与え、かえって仕事をやりにくくしている可能性もあるのではないか。

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した時、筆者はブログで「黒人が大統領として自分の上に立つのが許せない米国民や保守派からの攻撃は激しくなる」と、書いたが、その後アメリカでの政治的対立はさらに深まり、まるで予言が当たってしまったようなところがある。

今後ムラドがどのような活動をしていくのかはわからない。だが、ノーベル平和賞のことなどすぐに忘れて、自分が信じる活動をし、自分が生きたい人生を生きてほしい――それが回想録を読んだ率直な感想だ。

邦訳版
THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語― / ナディア・ムラド
THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語―
  • 著者:ナディア・ムラド
  • 翻訳:吉井 智津
  • 出版社:東洋館出版社
  • 装丁:単行本(430ページ)
  • 発売日:2018-11-30
  • ISBN-10:4491036179
  • ISBN-13:978-4491036175
内容紹介:
2018年ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏が、自身の壮絶な経験を物語る

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The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State / Nadia Murad
The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State
  • 著者:Nadia Murad
  • 出版社:Tim Duggan Books
  • 装丁:ペーパーバック(320ページ)
  • 発売日:2018-10-16
  • ISBN-10:1524760447
  • ISBN-13:978-1524760441
内容紹介:
WINNER OF THE NOBEL PEACE PRIZEIn this intimate memoir of survival, a former captive of the Islamic State tells her harrowing and ultimately inspiring story. Nadia Murad was b… もっと読む
WINNER OF THE NOBEL PEACE PRIZE

In this intimate memoir of survival, a former captive of the Islamic State tells her harrowing and ultimately inspiring story.

Nadia Murad was born and raised in Kocho, a small village of farmers and shepherds in northern Iraq. A member of the Yazidi community, she and her brothers and sisters lived a quiet life. Nadia had dreams of becoming a history teacher or opening her own beauty salon.

On August 15th, 2014, when Nadia was just twenty-one years old, this life ended. Islamic State militants massacred the people of her village, executing men who refused to convert to Islam and women too old to become sex slaves. Six of Nadia’s brothers were killed, and her mother soon after, their bodies swept into mass graves. Nadia was taken to Mosul and forced, along with thousands of other Yazidi girls, into the ISIS slave trade.

Nadia would be held captive by several militants and repeatedly raped and beaten. Finally, she managed a narrow escape through the streets of Mosul, finding shelter in the home of a Sunni Muslim family whose eldest son risked his life to smuggle her to safety.

Today, Nadia's story—as a witness to the Islamic State's brutality, a survivor of rape, a refugee, a Yazidi—has forced the world to pay attention to an ongoing genocide. It is a call to action, a testament to the human will to survive, and a love letter to a lost country, a fragile community, and a family torn apart by war.

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Newsweek日本版 2018年10月13日

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