書評

『The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President』(Thomas Dunne Books)

  • 2018/01/29
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President / Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President
  • 著者:Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
  • 出版社:Thomas Dunne Books
  • 装丁:ハードカバー(360ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN-10:1250179459
  • ISBN-13:978-1250179456
自己愛(ナルシシズム)の専門家でハーバード大学メディカルスクール教授のクレイグ・マルキンは、まず「pathological narcissism(病的な自己愛)」について説明する。

自己愛そのものは病気ではなく、自信を持って幸せに生きるためには必要なものだ。自己愛を1から10までのスペクトラムで測ると、4から6は健全なレベルであり、それより低かったり、高かったりすると問題が生じる。有名人は普通より高いものだが、10に近づくと「病的な自己愛」の領域になる。「自分が特別だという感覚に依存的になり、ドラッグと同様に、ハイになるためには、嘘をつき、盗み、騙し、裏切り、身近な人まで傷つけるなどなんでもする」という状態だ。この領域が「自己愛性パーソナリティ障害(NPD)」だ。

トランプの言動パターンは、この自己愛性パーソナリティ障害(NPD)と精神病質(サイコパシー)が混ざりあったときの「malignant narcissism(悪性の自己愛)」だと言う。

「悪性の自己愛」は診断名ではない。元はパーソナリティ障害の専門家であるエーリヒ・フロムの造語で、「自分のことを特別視するあまり、他人のことを自分がプレイしているゲームで殺すか殺されるかの駒としか見ていない」。いとも簡単に殺人命令を出したヒトラー、金正恩、プーチンなどが例として挙げられており、このエッセイのタイトルである「病的な自己愛と政治:致命的な混合」の意図が理解できる。

専門家としてさらに踏み込んでいるのがハーバード大学メディカルスクールの元准教授のランス・ドーデスだ。冒頭の「トランプは単にクレイジーなのか、それともキツネのようにずる賢いのか?」という疑問に対して、はっきりと自分の見解を述べている。ドーデスは、トランプの言動がもっと深刻なものであり、「精神錯乱」の徴候だと考えている。

ふつうの人間には他人への「empathy(共感、感情移入)」がある。それが欠落しているのが「ソシオパス(社会病質者)」だ。深刻なソシオパスの多くは社会から脱落するが、チャーミングで思いやりがあるフリができるソシオパスも存在する。彼らは人の操縦に長けているので、成功していることが多い。

ソシオパスはときおり「サイコパス(精神病質者)」と同様に使われるが少し異なり、上記の「病的な自己愛」の重要な側面であり、公式の診断名である「反社会的パーソナリティ障害」と同意語だとドーデスは説明する。

ドーデスは公の記録にあるトランプの言動から、「重篤な社会病質者の傾向がある」と結論づけている。そして、「これまでトランプ氏ほどの社会病質的な性質を顕わにした大統領はほかにいない」と言う。

ドーデスがこれほどはっきりと発言する理由は「重篤な社会病質によるパラノイアは、非常に大きな戦争のリスクを生む」からだ。戦争を起こせば、国の指導者として非常事態のために大きな権力を手にすることができる。この際に、憲法で保証されている人権を停止し、戒厳令を出し、マイノリティを差別することも可能になるという計算が背後にあるというわけだ。

論文を書くのに慣れている専門家たちなので、根拠もきちんと書かれており、本書を読むとトランプの精神状態への危機感を強く感じる。

この本を読了した翌日、筆者は別件でホワイトハウスを訪問する機会があった。

招待してくれたのは、これまで4回の大統領選挙を経験している共和党のベテラン戦略家である。彼自身は「社会的にはリベラル、経済的には保守」という立場であり、筆者がヒラリー・クリントン支持だったことも承知している。

雑談のときに率直な意見を求めたところ、彼は言いにくそうにこう語った。

「(共和党の議員たちは)みな、トランプはクレイジーだと知っている。トランプに票を投じた者の多くもそう思っている。だが、有権者は自分たちの生活を良くするために何もしてくれない議会にうんざりして、ぜんぶ捨ててしまいたいと願った。彼らは、すべてをぶち壊して、新しく何かを始めてくれる者としてトランプを選んだのだ」

最近になってようやくジョン・マケインなど何人かの共和党議員がトランプ批判に乗り出したが、いずれも再選を狙わない者だけだ。そのほかの共和党議員らが後に続かないのは、次の選挙で有権者から見捨てられるのがトランプではなく自分だと分かっているからなのだろう。

翌日のパーティでも、集まったのは共和党の人たちばかりなのだが、みな税金を湯水のように使うトランプ政権の閣僚たちに呆れ果てていた。だが、それを公に追及するのは「大人げない」という雰囲気があるのも事実だ。民主党の議員やヒラリーの支持者がトランプを糾弾するのもそうだ。「選挙に負けたのだから、潔く沈黙せよ」と批判されてしまう。

先の共和党の知人も「メディアはトランプの言動にいちいち振り回されてはならない。自分に都合が悪いことから目をそらすための目くらましなのだから」と言う。

しかし、こういう態度こそが、先に出てきた「悪性の正常化」の一種ではないかと感じた。

トランプ大統領の精神状態について最も重要な点を指摘しているのは、二部の「トランプ・ジレンマ」に寄稿したニューヨーク大学教授の精神科医ジェームズ・ギリガンかもしれない。

『男が暴力をふるうのはなぜか そのメカニズムと予防』の著者であるジェームズ・ギリガンは、エッセイの中で「われわれが論点として挙げているのは、トランプに精神疾患があるかどうかではない。彼が危険かどうかだ。危険性は、精神科の診断ではない」と主張する。

トランプの危険性を証明する言動は多く記録に残っているが、ギリガンが例として挙げているのは、「使わない核兵器を持っていることに何の意味があるのかという発言」、「戦争の捕虜に対して拷問を使うことを奨励」、「すでに無罪であることが証明している黒人の少年5人に対して死刑を要請」、「『スターならなんでもやらせてくれる』と女性に対する性暴力を自慢」、「政治集会で、自分の支持者に抗議者への暴力を促す」、「(大統領選のライバルである)ヒラリー・クリントン暗殺をフォロワーに暗に呼びかける」、「5番街の真ん中に立って誰かを拳銃で撃っても支持者は失わないと公言」といった多くのアメリカ国民が熟知しているトランプ発言だ。

これらは、ギリガンも書いているようにほんの一部でしかなく、暴力の威嚇、自慢、鼓舞が次から次へと絶え間なく続いている。

「ドナルド・トランプが繰り返し暴力の威嚇をし、自分の暴力を自慢しているのに対して私たちが沈黙を守るとしたら、彼のことをあたかも『正常な』大統領、あるいは『正常な』政治的指導者だとして扱う危険でナイーブな失敗に加担し、可能にすることになる」とギリガンは訴える。

トランプが独裁者になりたがっていることは、専門家の指摘を待つまでもなく、彼の言動から明確だ。だからこそ、次のギリガンの呼びかけが重要になる。

「1930年代にドイツ精神医学会がおかした過ちを繰り返さないようにしよう」

これこそが本書の真髄だろう。
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President / Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
The Dangerous Case of Donald Trump: 27 Psychiatrists and Mental Health Experts Assess a President
  • 著者:Bandy X., M.D. Lee (編集)ほか
  • 出版社:Thomas Dunne Books
  • 装丁:ハードカバー(360ページ)
  • 発売日:2017-10-03
  • ISBN-10:1250179459
  • ISBN-13:978-1250179456

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Newsweek日本版

Newsweek日本版 2017年10月27日

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