前書き

『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』(文藝春秋)

  • 2021/06/18
勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 / 千葉 雅也
勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版
  • 著者:千葉 雅也
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(254ページ)
  • 発売日:2020-03-10
  • ISBN-10:4167914638
  • ISBN-13:978-4167914639
内容紹介:
勉強とはかつての自分を失うことであり、恐るべき変身に身を投じる「快楽」である――。これまでの勉強の概念を覆す、革命的勉強論!

はじめに

この本は、勉強が気になっているすべての人に向けて書かれています。

英語を勉強してもっと海外に行きたいとか、経済や文化に詳しくなって企画を考えるのに活かしたいとか、定年が間近に迫り、哲学や宗教を学び直してみたいとか、勉強と一口に言ってもさまざまなニーズがあるでしょう。そこで、この本では、もうちょっと「深く」勉強してみることへとお誘いしたいのです。根本的に、「勉強とはどういうことか?」を考えてみませんか。

軽い気持ちの勉強のつもりで、実は、明日からの自分をもっと変えてみたいと考えているのかもしれない。変身するような勉強を心のどこかで求めているのかもしれない。

それにしても今日ほど、勉強するのに良い時代はないんじゃないかと思うのです。
何か気になったら、すぐインターネットで検索して学び始めることができる。
ネットの記事は、ウィキペディアなども含めて、情報の信頼性を疑ってかかる必要がありますが、その一方で、公式の統計資料や、査読(専門家による内容の審査)された論文など信頼性が担保されたものも多くあり、そういうものならば本格的な勉強の材料になります。

また今日では、良い入門書がたくさん出版されています。
第一線の専門家が、ひじょうにわかりやすく解説を書いてくれるようになった。ネットの記事でも紙の本でも、現代ではとにかく読みやすさが工夫されています。
昔の本は、入門書だとしてもいまほど親切ではありませんでした。
いまでは、最初の一歩として読みやすいものから始め、それから難しいもの、昔のものにチャレンジするというふうに段階を踏んで勉強を進められるようになっています。

外国語学習の環境も昔とはぜんぜん違いますね。
英語のニュースを読んでいて、単語を押せばすぐに辞書を引ける。作文のときも、ネイティブが使う本物の表現を検索して確かめられる。ゲーム感覚で初歩から少しずつ表現を学ぶことができるアプリもあります。

こんな状況は、僕が九〇年代末の学生時代に夢見ていたものです。
現代は、まさしく「勉強のユートピア」なのです。

しかしまた、情報が多すぎることで考える余裕を奪われているとも言えるでしょう。

二〇〇〇年代の末に、SNSとスマートフォンは生活を劇的に変えました。
今日、スマホを持ち歩く私たちは、どこにいてもネットの「情報刺激」にさらされ、気が散っている。過剰な量の情報が、光や音の連打のように、深く考える間もなくどんどん降り注いでくる。SNSに次々流れてくる話題に私たちは、なんとなく「いいね」なのか、どうでもいいのか、不快なのかと、まず感情的に反応してしまう。すぐに共感できるかどうか。
共感、それは言い換えれば、集団的なノリです。思考以前に、ノれるかどうかなのです。

いま、立ち止まって考えることが難しい。
溢れる情報刺激のなかで、何かに焦点を絞ってじっくり考えることが難しい。
本書では、そうした情報過剰の状況を勉強のユートピアとして積極的に活用し、自分なりに思考を深めるにはどうしたらいいかを考えたいのです。
そこで、キーワードになるのが「有限化」です。
ある限られた=有限な範囲で、立ち止まって考える。無限に広がる情報の海で、次々に押し寄せる波に、ノリに、ただ流されていくのではなく。
「ひとまずこれを勉強した」と言える経験を成り立たせる。勉強を有限化する。

本書は、「勉強しなきゃダメだ」、「勉強ができる=エラい」とか、「グローバル時代には英語を勉強しなきゃ生き残れないぞ」とか、そういう脅しの本ではありません。
むしろ、真に勉強を深めるために、変な言い方ですが、勉強のマイナス面を説明することになるでしょう。勉強を「深めて」いくと、ロクなことにならない面がある。そういうリスクもあるし、いまの生き方で十分楽しくやれているなら、それ以上「深くは勉強しない」のはそれでいいと思うのです。
生きていて楽しいのが一番だからです。

それに、そもそもの話として、全然勉強していない人なんていません。
生きていくのに必要なスキルは、誰でも勉強します。読み書き、計算が基本ですね。稼ぐには仕事のスキルを覚えなきゃならない。人づきあいがわかってくるのだって勉強です。転職したら、また別のスキルの勉強をすることになる。
人は、「深くは」勉強しなくても生きていけます。

深くは勉強しないというのは、周りに合わせて動く生き方です。
状況にうまく「乗れる」、つまり、ノリのいい生き方です。
それは、周りに対して共感的な生き方であるとも言える。
逆に、「深く」勉強することは、流れのなかで立ち止まることであり、それは言ってみれば、「ノリが悪くなる」ことなのです。
深く勉強するというのは、ノリが悪くなることである。

いまの自分のノリを邪魔されたくない、という人は、この本のことは忘れてください。それは、ひとつの楽園にいるということです。そこから無理に出る必要はありません。
勉強は、誰彼かまわず勧めればいいというものじゃありません。

もし、何か生活に変化を求めていて、しかも、これまでのようにはノれなくなる方法にそれでも興味があるならば、ぜひこの先を読んでみてください。
これから説明するのは、いままでに比べてノリが悪くなってしまう段階を通って「新しいノリ」に変身するという、時間がかかる「深い」勉強の方法です。

勉強を深めることで、これまでのノリでできた「バカなこと」がいったんできなくなります。「昔はバカやったよなー」というふうに、昔のノリが失われる。全体的に、人生の勢いがしぼんでしまう時期に入るかもしれません。しかし、その先には「来たるべきバカ」に変身する可能性が開けているのです。この本は、そこへの道のりをガイドするものです。

勉強の目的とは、これまでとは違うバカになることなのです。
その前段階として、これまでのようなバカができなくなる段階がある。

まず、勉強とは、獲得ではないと考えてください。
勉強とは、喪失することです。
これまでのやり方でバカなことができる自分を喪失する。
これまでと同じ自分に、英語力とか何か、スキルや知識が付け加わるというイメージで勉強を捉えているのなら、勉強を深めることはできません。

単純にバカなノリ。みんなでワイワイやれる。これが、第一段階。
いったん、昔の自分がいなくなるという試練を通過する。これが、第二段階。
しかしその先で、来たるべきバカに変身する。第三段階。

いったんノリが悪くなる、バカができなくなるという第二段階を経て、第三段階に至る。すなわち、来たるべきバカの段階、新たな意味でのノリを獲得する段階へと至る。
本書を通して、ノリという言葉の意味は、最終的に変化します。
バンドで演奏するときのような、集団的・共同的なノリから出発し、そこから分離するようなノリへと話を進めていく。それは「自己目的的」なノリである。

本書は、「原理編」から始まって「実践編」へと移ります。第一・二・三章が「原理編」の1・2・3、第三・四章が「実践編」の1・2という構成です。第三章は、両方の役割をもつ中継地点となります。

では、始めましょう。ともかくいったんは、ノリが悪くなることへ。

[書き手]千葉 雅也
哲学、創作。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。栃木県宇都宮市出身。『動きすぎてはいけない:ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(紀伊國屋じんぶん大賞2013、第5回表象文化論学会賞)、『勉強の哲学』、『デッドライン』(第41回野間文芸新人賞、第162回芥川賞候補)、「マジックミラー」(第45回川端康成文学賞)など。


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勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 / 千葉 雅也
勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版
  • 著者:千葉 雅也
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(254ページ)
  • 発売日:2020-03-10
  • ISBN-10:4167914638
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勉強とはかつての自分を失うことであり、恐るべき変身に身を投じる「快楽」である――。これまでの勉強の概念を覆す、革命的勉強論!

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