書評

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文藝春秋)

  • 2018/02/15
勉強の哲学 来たるべきバカのために / 千葉 雅也
勉強の哲学 来たるべきバカのために
  • 著者:千葉 雅也
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(237ページ)
  • 発売日:2017-04-11
  • ISBN:4163905367
内容紹介:
勉強ができるようになるためには、変身が必要だ! なぜ人は勉強するのか。勉強の本質とは何か。勉強の概念を覆す哲学的勉強論。

日常から哲学へ続くなだらかな道

勉強のやり方・ハウツー本の体裁をとった、哲学書。とにかく文章がわかりやすい。《勉強とは、わざと「ノリが悪い」人になることである》(二〇頁(ページ))なんて書いてあるので、その先が読みたくなる。高校生なら十分読みこなせるだろう。

とは言え、議論のなかみは本格的だ。著者は、フランス現代哲学が専門。ドゥルーズ&ガタリやラカンにこう書いてあります、ではなくて、それをフーコーや分析哲学にも絡めつつ、独創的な議論を展開する。その舞台が、「勉強」である。

勉強とはなにか。教室で一斉に同じことを習い、試験があるのは、勉強ではない。自分の興味で本を読んだり調べたり、勝手にあれこれ考えたりしていくのが、著者のいう勉強である。

人間は誰でも、とりあえずこの社会を生きている。言葉も話す。「環境のコード」が、この場を支配している。このコードは不確定で、掴(つか)みにくい。でもなるべくそれに合わせ、人びとは日常を生きている。

それでいいのか、立ち止まって考えよう。これまでのコードをはみ出すのが、勉強だ。

それには、特別な言葉づかいが必要である。ひとつは、アイロニー。「内定取れた!」とみんなが盛り上がっているとき、「就職ってそんなに大事?」みたいな発言をする。場は白けるが、一段深いレヴェルで議論の前提を考えられる。ただしアイロニー(批判)は、始めると際限がない。もうひとつは、ユーモア。「浮気なんて許せない」とみんなで怒っているとき「サル学ではね…」みたいに発言し話をあらぬ方向に脱線させる。ユーモアも、どこまでも拡散していく。それに歯止めをかけるのは、享楽化(自分なりのこだわり)だ、と著者は言う。

では実際、どのように勉強するのか。本書の提案はオーソドックスだ。第一に、問題を大きなスケールへ抽象化するため、中学高校で学んだ抽象概念を使おう。追究(アイロニー)と連想(ユーモア)の両方を用い、視野を広げていく。これが勉強だが、当然きりがない。

きりがないので、エイヤッと決断するのが、決断主義だ。なぜこう考えるのか。決断したから。でもその決断は中身がカラッポで、根拠がない。それより比較を続けよ、と著者は言う。そして、粘り強く比較を続けている他者を信頼せよ。そうした著者の本を、読むべきだと。

本書はさらに、実践的なアドヴァイスを続ける。自己理解のため「欲望年表」をつくれ。享楽的なこだわり(バカな自分)を知れ。読書ノートをとれ。著者の体験にもとづく知恵だ。

本書がすぐれているのは、人びとの日常から、ものを考える哲学の場所まで、無理なく進むなだらかな道を用意していること。ネットにあふれる情報の時代、どこから手をつけていいか困惑する人びとに、本書は役立つだろう。千葉雅也氏はフランス現代思想に軸足を置きつつ、言語哲学やウィトゲンシュタインを取り込み、あれもあり、これもありの相対主義を抜け出す道すじを切り開いていく。

「環境コード」が支配するノリの世界は、みんなに合わせないと浮き上がってしまう。だが合わせるだけでは、自分が何者かわからなくなる。そんな教室で漠然と思い悩む若いあなたの苦しさを、勉強で克服することができますよ。勉強して、ちょっとした言葉づかいのテクニックと、バカであることを恐れない勇気とを手にするだけで、まっとうな思索の場所まで歩んでいけますよ。それを試してみようかなあと思えるなら、『勉強の哲学』は成功である。
勉強の哲学 来たるべきバカのために / 千葉 雅也
勉強の哲学 来たるべきバカのために
  • 著者:千葉 雅也
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(237ページ)
  • 発売日:2017-04-11
  • ISBN:4163905367
内容紹介:
勉強ができるようになるためには、変身が必要だ! なぜ人は勉強するのか。勉強の本質とは何か。勉強の概念を覆す哲学的勉強論。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年6月4日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
橋爪 大三郎の書評/解説/選評
ページトップへ