「白熱教室」の政治哲学者サンデル先生が、能力主義をぶったたく! マイケル・サンデル『実力も運のうち』(鬼澤忍訳・早川書房・2420円)はそういう本である。
身分とか家柄とか財産とかではなく、能力で人を評価するのが能力主義。それのどこがいけないの? しかし、サンデル先生によると、能力主義が現代のアメリカを分断している。高学歴のエリートとそうではない労働者階級とに。グローバリゼーションの勝ち組と負け組に。
びっくりしたのは、サンデル先生がオバマ前々大統領を激しく批判していること。もしかして、サンデル先生、トランプ支持者なの?と思ったらそうではない。
「やればできる」とオバマは繰り返し言った。オバマ自身やミシェル夫人は、恵まれない環境のなかで努力して高い学歴と職業を得た人。まさにアメリカン・ドリームだ。
だけど、成功した人に「やればできる」と言われると、できなかった人は、見下されたような気分になる。「社会的敬意の喪失」という言葉をサンデル先生は使う。そもそも、誰もが高学歴必須の職業に就きたいわけじゃない。しかも、機会平等は建前で、名門大学の入学者は富裕層の子弟が圧倒的に多い。
ヒラリー・クリントンがトランプに負けた理由はここだ。オバマやヒラリーに象徴される高学歴エリートへの怒りをトランプが代弁していると労働者階級は感じたのだ。トランプが選挙で負けても、あれほどひどい醜態をさらしても、いまだ支持者がいるのはそういうことなのだろう。
ピューリタンの救済観・労働観など、能力主義の背景には根深いものがある。でも、この分断を放置しておくと社会は壊れ、ますます住みにくくなってしまう。どうすればいいのか。エリートが謙虚になるだけじゃだめ。サンデル先生が掲げるのは「条件の平等」だ。誰もが出世できる可能性を持つ能力主義ではなく、出世に関係なく充実を感じて生きられるようにすること。なんだかジワッとくる結論ですね。