書評

『馬のこころ──人の相棒になれた理由』(岩波書店)

  • 2026/01/29
馬のこころ──人の相棒になれた理由 / 瀧本 彩加
馬のこころ──人の相棒になれた理由
  • 著者:瀧本 彩加
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(158ページ)
  • 発売日:2025-11-18
  • ISBN-10:4000297392
  • ISBN-13:978-4000297394
内容紹介:
馬どうしはもとより、人とも絆を築けるのは、豊かに備わったコミュニケーション能力があるからではないか。顔や音声で多彩な感情を表現し、相手の些細な表情や声色の変化も見逃さない。空気を… もっと読む
馬どうしはもとより、人とも絆を築けるのは、豊かに備わったコミュニケーション能力があるからではないか。顔や音声で多彩な感情を表現し、相手の些細な表情や声色の変化も見逃さない。空気を読み、仲間を思いやることもあれば、嫉妬もする。このかけがえのない相棒とよりよく共生する未来のために、動物心理学にできることは何だろう。

目次
1 群れで暮らす
2 ヒトとともに暮らす
3 よく見て、学んで、頼る
4 感情を伝え、読み取る
5 嫉妬も、思いやりも
6 すぐれた記憶力
7 ウマとともに歩む未来

心を読み取る術、関係脈々と

AIの開発に伴い、機械に「こころ」をアップロードできるか、が論じられたりする。そこは人類との付き合いの長い馬である。さて、著者の扱いは如何(いか)なるものか。

学生時代馬術部に属したのが、幼少期を除いて、著者と馬との本格的な出会いだったという。馬は基本的に仲間と暮らす動物のようだ。母子の間の愛、仲の良い馬同士の微笑ましい挨拶や、馴(な)れ合う姿が紹介されて、心が和む。そうした馬同士の間柄が、人との間にも特別の関係を築いてきた。

その前提に、家畜化できるための一般的要件も重要らしい。著者は六つを挙げているが、仲間との協働可能性もそこに生まれる。人は、軍馬、使役馬などのほか、祭祀(さいし)、スポーツなど生活のあらゆる場面で、馬と付き合ってきた歴史がある。

一方馬の能力にも著者の筆は及ぶ。数える能力、人の怒りや喜びを感じる能力、自分の感情を伝える能力、観察し学習する能力、記憶する能力などなどが、具体的な事例とともに紹介されている。中でも興味深いのは、困ったときに人の目を見つめることで、意志を伝える方法が、犬猫だけでなく、馬にも、あるいはカンガルーにさえ備わっているという。

とりわけ馬は、人との付き合いの中で、その表情や声音などから、人の感情を読み取る術(すべ)を心得ているようで、それは親しくなった相手だけではなく、初対面であってさえ、優しい顔貌と怒りのそれ、あるいは優しい声と怒鳴り声、などに、生理的に反応することが実験で確かめられるという。

私たち人間も、以心伝心などという次元もあるにせよ、通常は、相手の振舞いによって、相手の心を感じ取ったり、推理したりする。アメリカの心理学者J・B・ワトソンは、すべての心理現象を、「振舞い」(ビヘヴィアー)で捉えきることを提唱した。心理学は「心」理学であることを諦め、「振舞い」理学になるべきことになる。実際、現実には、相手の表情や動作、発する言葉などで、相手の「こころ」を読んでいるし、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

そういう観点からすれば、馬は、人とのかかわりの中で、相手の「こころ」を読んでいると見做(みな)せる徴候があることになろう。では、その逆はどうだろうか。

面白い実験が紹介されている。日常馬と接している人と、そうでない人とに被験者を分けて、馬の様々な表情の写真を見せたところ、前者の回答の正答率が後者のそれを有意に上回った、という。ここでの「正答率」という概念は、なかなか微妙な性格のものだが、とにかく、そういう結果があることは確からしい。そして、馬に慣れた人が注目する特徴の一つに、耳の形、動きがあるのだという。

「正答率」が微妙だ、と書いたのは、既にそこには、ワトソン流に言う馬の「こころ」が、レトリックとして前提されているからだが、その意味では、著者は、何気なく、自分の携わる領域、そして本書で紹介されている様々な研究成果を生み出した領域を、「動物心理学」という名前で呼んでいる。

デカルトは「我惟(おも)う、ゆえに我在り」として、人間の「心」の存在を証明してみせた。しかし、その証明は所詮第一人称単数に留まっている。そこにワトソン流が立ち上がる余地がある。今我々は「機械心理学」の始まりを実見しているのだろうか。
馬のこころ──人の相棒になれた理由 / 瀧本 彩加
馬のこころ──人の相棒になれた理由
  • 著者:瀧本 彩加
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(158ページ)
  • 発売日:2025-11-18
  • ISBN-10:4000297392
  • ISBN-13:978-4000297394
内容紹介:
馬どうしはもとより、人とも絆を築けるのは、豊かに備わったコミュニケーション能力があるからではないか。顔や音声で多彩な感情を表現し、相手の些細な表情や声色の変化も見逃さない。空気を… もっと読む
馬どうしはもとより、人とも絆を築けるのは、豊かに備わったコミュニケーション能力があるからではないか。顔や音声で多彩な感情を表現し、相手の些細な表情や声色の変化も見逃さない。空気を読み、仲間を思いやることもあれば、嫉妬もする。このかけがえのない相棒とよりよく共生する未来のために、動物心理学にできることは何だろう。

目次
1 群れで暮らす
2 ヒトとともに暮らす
3 よく見て、学んで、頼る
4 感情を伝え、読み取る
5 嫉妬も、思いやりも
6 すぐれた記憶力
7 ウマとともに歩む未来

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年1月24日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

ALL REVIEWS 書評講座(オンライン受講) ≫オンラインで参加する
現地満席|オンライン受付中
「読む」側から、 「書く」側へ。
書評の力を、いま学ぶ。
豪華講師陣による特別講座、開催中。
  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
村上 陽一郎の書評/解説/選評
ページトップへ