書評

『下山の思想』(幻冬舎)

  • 2017/09/06
下山の思想  / 五木 寛之
下山の思想
  • 著者:五木 寛之
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:新書(223ページ)
  • 発売日:2011-12-09
  • ISBN:434498241X
内容紹介:
どんなに深い絶望からも人は起ちあがらざるを得ない。すでに半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきた。しかし、と著者はここで問う。再生の目標はどこにあるのか。再び世界の経済大国をめざす道はない。敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き「下山」を思い描くべきではないか、と。「下山」とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ、という鮮烈な世界観が展望なき現在に光を当てる。成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想。

下り坂だからこそある喜び

デフレをとめて、ちょっとインフレになれば、いろんなことが解決するだろう。経済が成長しているときは、格差もそれほど大きな問題とは感じられない。そういうことは一応わかっているつもりだ。でも、必死になって働いて成長した向こうに何がある? 「日本の技術を世界に売り込め!」と発破をかけられても、「うーん、もういいよ」と言いたい気分。

登った山は、下りなければならない。五木寛之の『下山の思想』は、そんないまどきの気分にぴったりくるエッセイだ。そういえば、法然も親鸞も山を下りて教えを説いた。

論理だてて、あるいは大きな声で、何かを主張する本ではない。書かれていることは、ほとんど著者のつぶやきに近い。大声でないからこそ受け容れられる。

東日本大震災について「下山中に大きな雪崩に見舞われたようなものかもしれない」という。経済が収縮し、人びとの気持ちが萎縮しているときに、とてつもない災害が襲ってきた。

登りよりも下りのほうが要注意なのだ。浮き石に足をとられやすいし、膝の関節も痛めやすい。転べばけがをする。

下りるというとネガティブなイメージだが、陰気な話題ばかりではない。下りには下りのおもしろさがある。登山だってそうだ。登っているときは足元しか見えていないけれども、下りになると視界が開けて景色を楽しむ余裕が出る。

「ノスタルジーのすすめ」という章が楽しい。とくに靴の話。欧米の靴屋は、きつめの靴をすすめるという。はいているうちに革が伸びて足にぴったり合うからだ。しかし、室内で靴を脱ぐ日本の生活には無理がある。いつのまにか著者の部屋には、買ったけれどもほとんどはいていない靴が大量に。

ところが若いころはきつかった靴が、いまは楽にはけるというのである。歳を重ねることで、足の肉が落ちたのだろう。これも下り坂で見つけた喜びではないか。呑気に下っていこう。
下山の思想  / 五木 寛之
下山の思想
  • 著者:五木 寛之
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:新書(223ページ)
  • 発売日:2011-12-09
  • ISBN:434498241X
内容紹介:
どんなに深い絶望からも人は起ちあがらざるを得ない。すでに半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきた。しかし、と著者はここで問う。再生の目標はどこにあるのか。再び世界の経済大国をめざす道はない。敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き「下山」を思い描くべきではないか、と。「下山」とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ、という鮮烈な世界観が展望なき現在に光を当てる。成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 2012年1月27日

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