書評

『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)

  • 2024/03/26
スロー・イズ・ビューティフル / 辻 信一
スロー・イズ・ビューティフル
  • 著者:辻 信一
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:文庫(262ページ)
  • 発売日:2004-06-09
  • ISBN-10:4582765017
  • ISBN-13:978-4582765014
内容紹介:
「スロー」をキーワードに、スピードに象徴され、環境を破壊しつづける現代社会に抗するライフ・スタイルを求めて、さまざまな場所で模索し、考える人々の言葉に耳を澄ます。人と自然とのつながり、人と人との結びつき、身体、日常生活、文化-その根拠にある"遅さ"という大切なものを再発見するユニークな試み。

引き算の進歩

ゆっくり、という言葉が逃げの文句のように語られていた時代は、とうに終わっている。現在があくまで未来の準備にすぎないような、先へ先へと物も心も前倒しして進んでいく社会の動きに対する警鐘が、きわめて小さな暮らしのレベルでの軋(きし)みから、際限のない利益追求の果てに暴発した進行中の戦争にいたるまで、はっきりと響いてくる。この危機的な状況をいかに乗り越えるか。その方途として提唱されるのが、遅さの、ゆるやかさの、「スロー」な生き方の「回復」である。

適用されるべき領域は、じつに幅広い。著者はこの言葉に「エコロジカル(生態系によい)」、あるいは「サステナブル(永続性のある、持続可能な)」といった「現代用語」の意味を込めながら、あからさまな概念臭を怖れて、片仮名のまま「スロー」と表記する。かつて「スロー」なリズムは、生活そのものだった。それが暮らしの根本にあって、衣食住、すべての現場でごく自然に実践されており、遅い速いの問題など考える必要がなかったのだ。

それがいまや、説得力のある具体的な例を挙げ、行為のひとつひとつを意味づけして「スロー」の大切さを説かなければならない。速度の魔にとりつかれ、それに慣れきった人々にむかって、無駄足の、道草の、休息の、「疲れを許し、解き放つ」ことの、「いいとわかっていないことはしない」勇気の、「引き算の進歩」の重要性を理解させるには、気軽な読み物を装いつつも筋の通った記述が不可欠となる。

しかし論理や意味づけほど、「スロー」の本質から遠いものはないだろう。ゆるやかさを唱い、減速を訴える文章には、そんな背理がいつもつきまとう。避けがたい矛盾を救うのは、書き手の側の知と身体のバランスであり、上からものを言わない水平の目線である。この二点を備えている本書は、「スロー」なだけでなく「スマート」な思考の大切さをも教えてくれる。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

スロー・イズ・ビューティフル / 辻 信一
スロー・イズ・ビューティフル
  • 著者:辻 信一
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:文庫(262ページ)
  • 発売日:2004-06-09
  • ISBN-10:4582765017
  • ISBN-13:978-4582765014
内容紹介:
「スロー」をキーワードに、スピードに象徴され、環境を破壊しつづける現代社会に抗するライフ・スタイルを求めて、さまざまな場所で模索し、考える人々の言葉に耳を澄ます。人と自然とのつながり、人と人との結びつき、身体、日常生活、文化-その根拠にある"遅さ"という大切なものを再発見するユニークな試み。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2001年11月4日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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