書評

『伽羅を焚く』(青土社)

  • 2025/04/06
伽羅を焚く / 竹西 寛子
伽羅を焚く
  • 著者:竹西 寛子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(260ページ)
  • 発売日:2022-08-26
  • ISBN-10:4791769783
  • ISBN-13:978-4791769780
内容紹介:
明けても暮れても目に見えない靄の中を動いているような日々―梅雨の晴れ間のゼラニュウムの緋。広島の被爆者としての、国策への懐疑、不満、さらには怒り。編集者、作家として、93年の生涯をかけて「言葉」に関わってきた著者が、為政者の口説に失望をしながら、それでも書き留め続けた渾身のエッセイ集。

わき上がる世の濁り見つめ直す勇気

月刊詩誌『ユリイカ』で「耳目抄」と題された竹西寛子の随想の連載がはじまったのは、一九七九年一月号。本書は第三〇一回(二〇一一年七月号)から第三三八回(二〇一六年八月号)までを収めるシリーズ十一冊目にあたる。あとがきによれば最後になるというこの一冊は、これまでで最も重い調べを奏でるものとなった。

不定期の休載があるものの、章ごとに掲載号が明記されているので、書かれた時期を正確に把握できる。震災、津波、原発事故、政権交代以後に顕著になった為政者における「言葉」の著しい劣化と、その劣化した言葉を体現する、強引で他者の言に耳を傾けない政治の現場に対する戸惑いと不安、というより、抑えに抑えた怒りに近い感情が、行間からにじみでてくる。

著者は一九二九年、広島に生まれ、原爆が郷里を一瞬で焼き尽くした日もそこにいて、なにが起きたかを自身の眼で見据え、広島についてなにかを語るのではなく、広島が言わせる言葉とはなにかを考え抜いてきた。この国がみずから引き起こした原発事故に「激しいショックを受け、たじろぎ、無力感を抱いている」と記すのは当然だろう。

その後も効率一辺倒の政府の対応が追い打ちをかける。復興の名のもと、原発事故は「完全にコントロール」されているとしてオリンピックを招致し、納得のいく説明のできない積極的平和主義を標榜して集団的自衛権の行使を容認、さらに特定秘密保護法を「性急さの目立つ、数をたのみのあわれな強行採決」で通過させた。「軍政の弾みとともにあった暗鬱な記憶の想起はあとを絶たず、日本人の叡智を恃(たの)むことしきりの日が続いている」と書かれるのは、二〇一四年八月号である。「いわゆる」と「まさに」の反復によって、語る先から内容を無化していった時の政府への違和感は、いつまでもはれない靄(もや)となって目の前に残りつづける。ただし、そのような為政者を選んだ人々の責任についても言及する誠実さと厳しさを忘れてはいない。

それだけに、合間を縫って語られる文学、芸術、音楽に触れる日々のいとおしさが増してくる。著者はかつて文芸に携わる編集者だった。みずから企画・編集した最初の仕事は三島由紀夫の『文學的人生論』。出版社を辞め、古典をめぐる批評的な散文を書きはじめ、やがて小説を発表する。その越境に際して、本居宣長を筆頭に古典文学から多くを学び直し、「古典と近代との、創作と評論との往還の繰り返し」に自身の場を探ってきたという執筆の背景が、四季のうつろいやながらく親しんできた書き手たちをめぐる想いとともに、丁寧に綴られる。読み進めるうち、しだいに背筋がのび、世の濁りを正面から見つめ直す勇気がわいてくる。

本書で語られているのは、徹頭徹尾、言葉の問題である。「いい言葉遣いではなく、いい加減でない言葉を心がけるか否かの違い」を意識して正しく運用した日本語は、「人間をどう生きるかに繋がってゆく」命綱となる。政治を語り、文学を語る言葉に本質的な区別はない。書名に選ばれた伽羅は、沈香(じんこう)のうちの最高の品だが、身を切るように記された著者の言葉そのものと言っても差し支えないだろう。
伽羅を焚く / 竹西 寛子
伽羅を焚く
  • 著者:竹西 寛子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(260ページ)
  • 発売日:2022-08-26
  • ISBN-10:4791769783
  • ISBN-13:978-4791769780
内容紹介:
明けても暮れても目に見えない靄の中を動いているような日々―梅雨の晴れ間のゼラニュウムの緋。広島の被爆者としての、国策への懐疑、不満、さらには怒り。編集者、作家として、93年の生涯をかけて「言葉」に関わってきた著者が、為政者の口説に失望をしながら、それでも書き留め続けた渾身のエッセイ集。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年9月17日

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