書評

『オリヴァー・サックス 最後のインタヴューと対話』(株式会社一灯舎)

  • 2024/09/26
オリヴァー・サックス 最後のインタヴューと対話 / オリヴァー・サックス
オリヴァー・サックス 最後のインタヴューと対話
  • 著者:オリヴァー・サックス
  • 翻訳:田村 浩二
  • 出版社:株式会社一灯舎
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(169ページ)
  • 発売日:2024-05-09
  • ISBN-10:490760081X
  • ISBN-13:978-4907600815
内容紹介:
本書は、神経科医であり、障害のある人に対する独特の解釈や自らの経験を記した多くの著作があるオリヴァー・サックスのインタヴュー集である。インタヴューはほぼ三十年の期間にわたっており… もっと読む
本書は、神経科医であり、障害のある人に対する独特の解釈や自らの経験を記した多くの著作があるオリヴァー・サックスのインタヴュー集である。インタヴューはほぼ三十年の期間にわたっており、サックスが亡くなる約四カ月前に行われた「サックス博士の回想」は、最も印象的である。インタヴューはさまざまな話題を含んでいるが、それらは、暖かさ、共感、そして独創的な好奇心という精神によって統一されている。対話を通じて、読者は、著書とは異なるサックスのまた別の一面を感じ取るだろう。

翻訳書では、サックスの著作になじみのない読者のために、サックス自身の著作の引用を含め、多くの訳注が追加されている。訳注を適時参照することによって、対話の内容や背景をより深く理解することができるだろう。

近年において生成AIの性能が大幅に向上し、今後も高まり続けるだろう。しかし、本書でサックスが語っているような、人間が持つ深い共感や思索、無意識、そして経験から生み出される独創性な考えは、AIには決して生成できないかもしれない。生物である人間の精神と身体が持つ柔軟さと豊かな潜在力を改めて認識させてくれる一冊である。

日本語版の編集にあたって
編集者の覚え書き
神経学者オリヴァー・サックス
テリー・グロスによるインタヴュー
「フレッシュ・エア」
1987年10月1日


火星の人類学者
チャーリー・ローズによるインタヴュー
「チャーリー・ローズ」
1995年2月


スタッズ、サックス、そして左利きの技能
スタッズ・ターケルによるインタヴュー
「ザ・スタッズ・ターケル・プログラム」
1995年


オリヴァー・サックスの洞察への道としての共感
リサ・バレルによるインタヴュー
「ハーヴァード・ビジネス・レヴュー」
2010年11月


老いの喜び
トム・アシュブルックによるインタヴュー
「オン・ポイント」
2013年7月18日


サックス博士の回想
ロバート・クルルウィッチによるインタヴュー
ブルックリン・アカデミー・オヴ・ミュージックでのライブ録音
2015年5月5日


インタヴュアーについて
訳者あとがき

限りないエムパシーがつむぐもの

オリヴァー・サックスと言えば、アメリカで一時代を画した脳神経内科の医師であり、かつベストセラー文筆家であった。日本でも、多くの翻訳書が推理小説の出版元で知られる早川書房や、晶文社から刊行されている。彼の作品の一つを元にした映画「レナードの朝」は、大変評判になったから、それで名を知った方も多いだろう。彼の著作は、一つ一つの事例を担う人間個人を主人公にした、一種の物語で、場合によっては、診察室などを離れて、独りの人間の生活そのものに踏み込んで、心の苦しみを共にする、よく使われる言葉の「エムパシー」(empathy)を大切にする姿勢を貫いてきた経験を生かした物語に満ちている。彼自身、眼の障害を含め、深刻な病者としての経験も後押しをしているのだろうが。とにかく、実に多くのベストセラーの著者として、アメリカでは飛び切りの著名人である。メディアからインタヴューを受ける機会が多かったと思われるが、本書はそうした記録の一部を編集・再現したものである。

先(ま)ず感心するのは、聴き手たちのそれぞれが、サックスの著作を、実に綿密に読み込み、扱われている事例を我が物にした上で、深い対話を重ねている点である。ここでも、聴き手と語り手の間に、快いエムパシーが生まれているのが、読者にも響いてくる。

そうした内容だから、聴き手は、時にサックスが答をたじろぐほど、彼の著作の中に現れる出来事、人物、彼自身の内面などの細部にまで立ち入って、質問を重ねたりするので、それらを熟知していなければ、読む楽しみは半減する。訳者は、その辺を考慮して、詳細な訳注を附しており、その努力には頭が下がるが、それでも、隔靴搔痒の感が生まれるのは仕方がない。むしろこれを機会に、数多い彼の著書を読もうとする読者が増えれば、それでよいのだろう。

脳神経内科の医師と上に書いたが、そして両親をはじめ、医師の家庭に育った彼ではあるが、すでに述べたように、単にクリニックの一室で、白衣を着て患者を診断し、治療に専念する、というだけの医師ではない。それゆえ、治療者も患者あるいはクライアントも人間そのものが、時に過剰な、と思われるほど赤裸々に露わにされる場面もある。例えば本書終わり近くで語られるサックス自身の同性愛的嗜好、やはり医師であった父親からは肯定的に受け止められ、母親からは断固たる拒否に出遭ったその事情に関しても、ほとんど衣着せずに語られている。

脳の疾患に関しては、しばしば、病者が持つ特別の才能が問題になるが、この点も、事例に即した物語を土台に対話が進められる。無作為的な行動(チックなど)で知られるトゥレット症候群の病者に関する聴き手とサックスとの遣り取りも、興味深い。そこから対話は、彼のキー・ワード「逆説的」を惹き出す。つまり、ある障害があるとき、人間はそれまで充分に機能を発揮してこなかった何かを、更(あらた)めて高度なまでに再組織化することがある、というのである。

一つ特に印象に残った表現を引用して、後は、彼の厖大な著作も含めて読者に任せよう。問題は「その病気にはどんな人たちがかかっているか」だ。
オリヴァー・サックス 最後のインタヴューと対話 / オリヴァー・サックス
オリヴァー・サックス 最後のインタヴューと対話
  • 著者:オリヴァー・サックス
  • 翻訳:田村 浩二
  • 出版社:株式会社一灯舎
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(169ページ)
  • 発売日:2024-05-09
  • ISBN-10:490760081X
  • ISBN-13:978-4907600815
内容紹介:
本書は、神経科医であり、障害のある人に対する独特の解釈や自らの経験を記した多くの著作があるオリヴァー・サックスのインタヴュー集である。インタヴューはほぼ三十年の期間にわたっており… もっと読む
本書は、神経科医であり、障害のある人に対する独特の解釈や自らの経験を記した多くの著作があるオリヴァー・サックスのインタヴュー集である。インタヴューはほぼ三十年の期間にわたっており、サックスが亡くなる約四カ月前に行われた「サックス博士の回想」は、最も印象的である。インタヴューはさまざまな話題を含んでいるが、それらは、暖かさ、共感、そして独創的な好奇心という精神によって統一されている。対話を通じて、読者は、著書とは異なるサックスのまた別の一面を感じ取るだろう。

翻訳書では、サックスの著作になじみのない読者のために、サックス自身の著作の引用を含め、多くの訳注が追加されている。訳注を適時参照することによって、対話の内容や背景をより深く理解することができるだろう。

近年において生成AIの性能が大幅に向上し、今後も高まり続けるだろう。しかし、本書でサックスが語っているような、人間が持つ深い共感や思索、無意識、そして経験から生み出される独創性な考えは、AIには決して生成できないかもしれない。生物である人間の精神と身体が持つ柔軟さと豊かな潜在力を改めて認識させてくれる一冊である。

日本語版の編集にあたって
編集者の覚え書き
神経学者オリヴァー・サックス
テリー・グロスによるインタヴュー
「フレッシュ・エア」
1987年10月1日


火星の人類学者
チャーリー・ローズによるインタヴュー
「チャーリー・ローズ」
1995年2月


スタッズ、サックス、そして左利きの技能
スタッズ・ターケルによるインタヴュー
「ザ・スタッズ・ターケル・プログラム」
1995年


オリヴァー・サックスの洞察への道としての共感
リサ・バレルによるインタヴュー
「ハーヴァード・ビジネス・レヴュー」
2010年11月


老いの喜び
トム・アシュブルックによるインタヴュー
「オン・ポイント」
2013年7月18日


サックス博士の回想
ロバート・クルルウィッチによるインタヴュー
ブルックリン・アカデミー・オヴ・ミュージックでのライブ録音
2015年5月5日


インタヴュアーについて
訳者あとがき

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年6月29日

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