書評
『道程:オリヴァー・サックス自伝』(早川書房)
徹底した自己批評、これぞ偉人
『レナードの朝』や『妻を帽子とまちがえた男』などの著作で知られる著者は豊富な臨床経験と繊細な観察眼を持つ優れた生理、神経学者だったが、同時に自己顕示欲の強い野心的表現者でもあった。晩年の仕事として自伝を書くにあたり、感情に溺れやすい性向を含め、冷徹に自身の臨床報告を行っている。戦後から六十年代にかけての、英国、アメリカの青春群像を背景に、スピード狂のバイク乗り、スーパーヘビー級のウエイトリフターにして、同性愛者である自分を包み隠さず披瀝(ひれき)していて、微笑を誘われる。自伝、回想録というジャンルは武勇伝の度合いが高い方が面白い。その一方で、世の少なからぬ「偉人」は役職や利権にしがみつき、「メンツ」を気にするあまり、不祥事や失敗を隠蔽(いんぺい)し、堕落してゆく。誰も読まない栄光の自分史に陶酔する類は所詮(しょせん)「小物」に過ぎず、おのが愚行や妄想を赤裸々に告白し、自己批評を徹底する者こそが「偉人」にふさわしいのである。朝日新聞 2016年2月21日
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