自著解説

『読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』(東京大学出版会)

  • 2021/07/02
読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々 / 三中 信宏
読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々
  • 著者:三中 信宏
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2021-06-19
  • ISBN-10:4130633767
  • ISBN-13:978-4130633765
内容紹介:
ようこそ、みなかワールドへ! 理系研究者を生業としながら,数多の本を読み,新聞やSNSなどさまざまなメディアで書評を打ち,いくつもの単著を出版してきた〈みなか先生〉からの〈本の世界〉への熱きメッセージ.さあ,まずはたくさん本を読もう!
理系研究者を生業としながら,数多の本を読み,新聞やSNSなどさまざまなメディアで書評を打ち,いくつもの単著を出版してきた〈みなか先生〉からの〈本の世界〉への熱きメッセージ.さあ,まずはたくさん本を読もう!
 

孤独で快適なサード・プレイス

本書『読む・打つ・書く』は、これまで数十年にわたって続いてきた私と本との “格闘記” である。本を読み、その書評を打ち、そして本を書くという人生を私は送ってきた。本とのつきあいはその大部分が仕事だった。研究者としての本務として本を読むこともあれば、書評の仕事を引き受けることもあり、本の執筆もまた生業となった。

本をめぐる出版事情はあいかわらず出口の見えないきびしい状況が続いている。出版社や編集者の側はより魅力的な本づくりを目指して日々努力を重ねているだろう。しかし、世の中にそもそも “本を読む人” がいなければそもそも本は売れないし、 “本を書く人” がいなければ売る本にも事欠くことになるだろう。また、 “本を書評する人” がいなければ世に知られないまま埋もれてしまうだろう。

昨今の社会を見回すと、学術書であれ一般書であれ、本を手に取って読むというごく当たり前のことが揺らいでいるのではないだろうか。そして、書評文化が必ずしも根づいてはいない日本では、読んだ本の書評を書くことは定着しているとは言えないし、そのスタイルもまた根が浅い。書評は単にその本を紹介したり読者に宣伝したりするだけのものではない。本を書くことにいたっては、自分の仕事ではないと考えている人がとくに “理系” の研究者コミュニティーの中では大半ではないだろうか。

本書は、ひとりの “理系” 研究者がこれまでどのように本を読み、書評を打ち、著書を書いてきたかを、一般論ではなく、できるだけ具体的な自分自身の経験に基づく考察としてまとめた本である。 “文系” の学問分野では「読む・打つ・書く」をめぐる論議が聞こえてくることもあるが、私が知るかぎり、いわゆる “理系” の研究分野で、読書論・書評論・執筆論をまとめて論じた本はほかにはない。

第一部「読む」では読書論を展開する。原著論文を通して “断片化” された知識を得ることと、一冊の本を読むことにより知識の “体系化” を図ることの対比を中核に据える。 “理系” の研究者としてキャリアを積む上で、読むべき本をどのように探し出していくのか、いわゆる「電子本」はどこまで信用していいのか、さらに読書の実践的技法などについて考察する。読者ひとりひとりの “探書アンテナ” を鍛えていくことは読書人としてのリテラシー養成にもつながるだろう。

第二部「打つ」は書評論である。日本の多くの新聞・雑誌の書評欄では長い書評記事が出ることはあまりない。一方、インターネット上の書評サイトではもっと長文の書評が公開されることもある。私は2019年から2020年にかけて読売新聞の読書委員として書評を担当してきた。その経験も踏まえた上で、目的に応じた書評スタイルについて、実例を挙げながら解説する。さらに、実名あるいは匿名で書かれた書評をどのように読み解けばいいのかについても考察した。書評の書き方についてはこれまでいろいろ論じられたことはあったが、書評の読み方についてのまとまった議論は本書が初めてではないだろうか。

第三部「書く」は私の実体験に基づく執筆論である。とりわけ “理系” の分野では、原著論文は書いても単著の本を書いてみようという動機付けがなかなか湧いてこないのが、昨今の日本の研究環境の実情だ。しかし、私は自分を “実験台” にして、日々の着実な努力の積み重ねで本を書きあげる手立てがあること示した。本の執筆の入り口でまだためらっている彼ら書き手の背中を押すことが本章の大きな目的である。

仕事として本と向き合ってきた私自身の経歴を振り返ると、公的な研究機関の環境がどのように “劣化” してきたかに言及しないわけにはいかない。私が所属する農林水産省系列の国立研究開発法人は、大学とは一味も二味も異なる変遷を遂げてきた。とりわけ、近年は、資金配分・組織改革・マンパワーのいずれをとっても急速に研究環境が変わってきた。変革にはプラスとマイナスの側面がつねにつきまとう。たとえ “スクラップ・アンド・ビルド” を理想に掲げたとしても、組織の末端では単なる “スクラップ・アンド・ヴァニッシュ” にしかならないこともあるだろう。仕事として本と向き合うとき、私は “劣化” し続ける研究環境 —— 本書では「限界集落アカデミア」という言葉を用いた —— のなかで、マイナーな研究領域を絶滅させないための孤独な試行錯誤についても論じた。本の世界は、私にとってたとえ孤独であっても快適な世界(「サード・プレイス」)をもたらしてくれた。

以上、本書は、本をめぐる三つの側面 —— 読書・書評・執筆 —— の現状と問題点を示し、何をどうすればいいのかについて、経験と実験を踏まえた実証的な提言をする。本書のサブタイトルが示すように、本書は “理系” の分野での「本」に関する日々の営み全般について再考してもらおうという意図で自然科学・科学史・科学哲学分野の本を主たる実例として取り上げている。しかし、内容的にはさらに広く一般の読者にとってもきっと参考になる部分が多いだろう。

[書き手]三中信宏
読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々 / 三中 信宏
読む・打つ・書く: 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々
  • 著者:三中 信宏
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2021-06-19
  • ISBN-10:4130633767
  • ISBN-13:978-4130633765
内容紹介:
ようこそ、みなかワールドへ! 理系研究者を生業としながら,数多の本を読み,新聞やSNSなどさまざまなメディアで書評を打ち,いくつもの単著を出版してきた〈みなか先生〉からの〈本の世界〉への熱きメッセージ.さあ,まずはたくさん本を読もう!

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