自著解説
『日本美術の歴史 補訂版』(東京大学出版会)
壮大な日本美術の歴史を描いて好評を得た『日本美術の歴史』―。初版刊行から17年を経て、このたび「東京大学出版会創立70周年企画」として、「補訂版」が刊行されました。著者の辻惟雄先生に初版刊行当時の企画の意図や執筆の経緯についてうかがいました。
70歳で多摩美大を退くころ、東京大学出版会から、日本美術史の概説書を依頼された。挿図はすべてカラーで揃えるという斬新な企画である。できれば教科書の役目も果たす内容を、という希望も添えられていた。私がこれを引き受けたのは、自分自身がそのような本を求めていたからである。
2003年春に多摩美大を退職してからの1年間、同大学の非常勤講師として、週1回講義することができた。それを概説書作成の準備のためフルに活用しようと、私は毎回プリントを学生に配り、これまでの講義のノートをもとに、絵画、彫刻、工芸のみならず、従来考古学の対象だった縄文時代の土器・土偶から、建築、書、写真、現代のマンガ・アニメまでを加えて、美術ないしはアートのほとんどすべての分野を一学年の間にこなす、という難関を何とか越えた。直ちに執筆にかかり、半年で終えた。2005年末、出版されたのが『日本美術の歴史』である。
短期間での執筆とはいえ、日本美術のすべての分野の動向とその通史をバランスよく1冊にまとめる作業は容易でなく、時代が下るほど分量の増すデータをいかに圧縮するかに腐心する有様で、近・現代美術の記述などは残念ながら不十分に終わった。一人で各分野を扱う以上、分野同士の関連についてももっと配慮すべきだった、など不満は多い。ただし、本書の装丁を生彩あるものにした横尾忠則氏のカバー・デザインや、380枚に及ぶカラー挿図は、日本美術の豊かな「かざり」としての面目を示すものだ。
幸い、刊行に際して丸谷才一氏らのお褒めをいただき、カラー挿図の効果もあって、売れ行きはよく刷を重ねた。日本陶磁史を専攻するニコル・ルマニエール博士の強い希望で、本書の英語版が企画され、難航の末、History of Art in Japanが東京大学出版会から刊行されたのが2018年である。翌年Columbia University Pressからペーパーバック版も出版された。日本語版の改訂は以前から私の要望するところだったが、この度それがようやく実現できることに安堵している。
この未熟で実験的な本が、どこまで時間の経過に耐えるかは疑問だが、これを叩き台にして、東アジアの美術の全体像が鳥瞰できるようなスケールの大きい概説書が、将来出現することを私は期待している。質量とも日本のそれを大きく上回る中国美術をどう扱うかなどの課題は残るとしても。
[書き手] 辻 惟雄(東京大学名誉教授/多摩美術大学名誉教授)
[初出媒体]東京大学出版会創立70周年記念リーフレット『70年を読む』(2021)
『日本美術の歴史』を読む
私は40歳から60歳までの間に、東北大・東大で「日本美術史概説」の講義を、ゼミや特講とあわせて担当してきた。その折いつも痛感したのは、「日本美術」の範囲の幅広さである。絵画、彫刻、工芸だけに端折っても、なかなか前に進めず、自分の専攻である江戸時代絵画にたどりつくのがやっとである。授業がいつも中途半端で終わる度に、知見の幅の狭さを思い知らされた。70歳で多摩美大を退くころ、東京大学出版会から、日本美術史の概説書を依頼された。挿図はすべてカラーで揃えるという斬新な企画である。できれば教科書の役目も果たす内容を、という希望も添えられていた。私がこれを引き受けたのは、自分自身がそのような本を求めていたからである。
2003年春に多摩美大を退職してからの1年間、同大学の非常勤講師として、週1回講義することができた。それを概説書作成の準備のためフルに活用しようと、私は毎回プリントを学生に配り、これまでの講義のノートをもとに、絵画、彫刻、工芸のみならず、従来考古学の対象だった縄文時代の土器・土偶から、建築、書、写真、現代のマンガ・アニメまでを加えて、美術ないしはアートのほとんどすべての分野を一学年の間にこなす、という難関を何とか越えた。直ちに執筆にかかり、半年で終えた。2005年末、出版されたのが『日本美術の歴史』である。
短期間での執筆とはいえ、日本美術のすべての分野の動向とその通史をバランスよく1冊にまとめる作業は容易でなく、時代が下るほど分量の増すデータをいかに圧縮するかに腐心する有様で、近・現代美術の記述などは残念ながら不十分に終わった。一人で各分野を扱う以上、分野同士の関連についてももっと配慮すべきだった、など不満は多い。ただし、本書の装丁を生彩あるものにした横尾忠則氏のカバー・デザインや、380枚に及ぶカラー挿図は、日本美術の豊かな「かざり」としての面目を示すものだ。
幸い、刊行に際して丸谷才一氏らのお褒めをいただき、カラー挿図の効果もあって、売れ行きはよく刷を重ねた。日本陶磁史を専攻するニコル・ルマニエール博士の強い希望で、本書の英語版が企画され、難航の末、History of Art in Japanが東京大学出版会から刊行されたのが2018年である。翌年Columbia University Pressからペーパーバック版も出版された。日本語版の改訂は以前から私の要望するところだったが、この度それがようやく実現できることに安堵している。
この未熟で実験的な本が、どこまで時間の経過に耐えるかは疑問だが、これを叩き台にして、東アジアの美術の全体像が鳥瞰できるようなスケールの大きい概説書が、将来出現することを私は期待している。質量とも日本のそれを大きく上回る中国美術をどう扱うかなどの課題は残るとしても。
[書き手] 辻 惟雄(東京大学名誉教授/多摩美術大学名誉教授)
[初出媒体]東京大学出版会創立70周年記念リーフレット『70年を読む』(2021)
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