書評

『浦上玉堂:白雲も我が閑適を羨まんか』(ミネルヴァ書房)

  • 2020/12/08
浦上玉堂:白雲も我が閑適を羨まんか / 高橋 博巳
浦上玉堂:白雲も我が閑適を羨まんか
  • 著者:高橋 博巳
  • 出版社:ミネルヴァ書房
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2020-08-13
  • ISBN-10:4623090205
  • ISBN-13:978-4623090204
内容紹介:
琴を弾き、絵を描き、詩を詠む… 江戸時代の文人画家の最高峰の一人と評される浦上玉堂の魅力に迫る。

詩文の解析から極北の文人に迫る

浦上玉堂の評伝がでた。玉堂とは何者か?と問われれば「琴詩書画の清雅を好み、諸国を漂泊した文人」と解説的に答える他ない。ただ石川淳は「玉堂の画はなにになることもいやだといふ人間がぶっつけた仕事である」と評した。玉堂はその画が川端康成に愛され国宝指定されていても、画人とか詩人とか職業的に定義してはいけない人物である。「琴士」を称したが、その活動は琴にとどまらない。

玉堂研究が重要なのはなぜか。かつて加藤周一は玉堂を論じていった。「『文人』たちは、外国の詩文書画の教養という点で大衆から離れていたと同時に、詩文書画に打ちこむという点で武士の倫理や規範からも離れていった」。近世も後半になると、この国に「文人」があまた生じた。彼らは高い東洋的教養をもち、徳川の世のイデオロギーからの逸脱をはかった。日本中で横につながって文人のネットワークを結び、体制の外で密かに「横議」した。閉ざされた日本をこえた世界の知識を語り合い、次世代への知的準備をしたのである。琴を弾き詩書画で遊びながらである。徳川時代を破壊したのは蘭学や黒船来航だと思われているが、実はもっと根が深い。近世後期に、津々浦々に生じたこの文人の動きこそが維新や近代への胎動を加速させた面がある。

玉堂はこの文人のチャンピオンであり極北である。その高い芸術性は国際的にも評価が高い。中国学の内藤湖南は玉堂を「天才」といい、建築家ブルーノ・タウトも「近代日本の生んだ最大の天才…ゴッホに比することができる」とまでいった。

しかし、玉堂は研究が難しい。玉堂研究の登山路は三つあり、第一は絵画作品からせまる美術史・芸術史で河野元昭・小林忠両氏の研究がある。この分野では岡山県立美術館の守安收氏が総合的研究で優れ、他の追随を許さない。近年、琴の音楽史から武内恵美子氏が迫っている。第二は、詩文から思想の交流を攻める思想史で、本書はこれにあたる。第三は、近世史の登山道で書簡など古文書から藩政史・社会史などとして玉堂に迫るものである。このうち第二は、玉堂や文人たちの難解な漢詩文の正確な読解が必要。著者の高橋氏はこの難解の「絶壁」を見事に登って一書にまとめられている。拍手を送りたい。これで玉堂の交友関係と思想的影響がさらにみえてきた。玉堂の代表作「東雲篩雪図(とううんしせつず)」(国宝)は玉堂の詩文の分析から東北の会津~二本松付近で玉堂が実景から得た心象の影響が強いことも判明した。

今、玉堂研究は難しい時期である。玉堂は全国を旅した。各地に書簡・作品などの足跡が残り、現在、その集成作業がすすんでいる。新出の書簡などが出そろう直前であり、今後は第三の近世史の面から、玉堂研究が進められそうである。玉堂が岡山の鴨方(かもがた)藩を脱藩して「文人」となっていった過程は、藩の政治史からも迫る必要があろう。玉堂の書簡は、私も何点か新出のものを発見したが、その内容は実に興味深い。会津では蒔絵(まきえ)師に世話を焼き会津塗の振興にひと肌脱いでいる。老中・松平定信の白河藩では儒者たちとかなりの交流をもっている。本書の到達点を足掛かりに、新発見の書簡が出そろった段階で研究がさらに進みそうで楽しみである。
浦上玉堂:白雲も我が閑適を羨まんか / 高橋 博巳
浦上玉堂:白雲も我が閑適を羨まんか
  • 著者:高橋 博巳
  • 出版社:ミネルヴァ書房
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2020-08-13
  • ISBN-10:4623090205
  • ISBN-13:978-4623090204
内容紹介:
琴を弾き、絵を描き、詩を詠む… 江戸時代の文人画家の最高峰の一人と評される浦上玉堂の魅力に迫る。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年10月17日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
磯田 道史の書評/解説/選評
ページトップへ