書評

『海洋アジアvs.大陸アジア:日本の国家戦略を考える』(ミネルヴァ書房)

  • 2018/08/19
海洋アジアvs.大陸アジア:日本の国家戦略を考える / 白石 隆
海洋アジアvs.大陸アジア:日本の国家戦略を考える
  • 著者:白石 隆
  • 出版社:ミネルヴァ書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2016-02-10
  • ISBN:4623075710
内容紹介:
アメリカを中心とする海洋同盟と中国を中心とする大陸連携、その大きなうねりのなかで、日本が進むべき道とは何か。

アジアから見た「大国」日本の役割

アジアの現在と近未来を考えるとき、米国の存在は決定的に重要な要素である。著者は明敏にこの点に注目し、現在の米国の力量の評価からこの本を始めている。そしてそのさい著者はこの人らしく良識的に、I・ブレマーの扇情的な「Gゼロ」論を排し、J・アイケンベリーの現実主義的な見解を採る。

ブレマーが「G7」の没落を誇張し、米国中心の世界秩序の崩壊を断言するのにたいして、アイケンベリーは米国の弱体化は認めながら、戦後この国が築いた国際機関や同盟関係はまだ健在であり、日本や欧州諸国の助力も得て、今後も従来の世界秩序は有効に保たれるだろうという。この見解が白石氏の新著の基調であって、氏はそこから日本の国家戦略をも導きだそうとするのである。

じっさい著者の言う通り、IMF、世界銀行、国連、OECD、WTOといった機関は機能しているし、米国を中心とする安全保障の軸は強固であり、とりわけ国際語としての英語、および米国流のビジネス風習はとくにアジアにおいて支配的である。台頭いちじるしい中国も容易に及びがたいばかりか、著者の見方では、中国はこのインフラに「ただ乗り」することで発展してきたのである。

こうした環境のもとで、アジア諸国はいずれも経済的に成長し、程度の差はあれ中産階級化と都市化を加速させ、それにつれて国内の民族的多様性にも変化を見せている。もちろんどの国にも著者が「中所得国の罠(わな)」と呼ぶ危険があって、国富の増大に比して個人所得が伸びないという問題はあるが、各国がそれに無策であるわけではない。たとえばフィリピンでは、英語に堪能な人材の量を生かして海外から収益を集め、それを教育に投資して人材を再生産する政策がとられている。

また都市化といってもそのかたちはさまざまであり、タイのように首都周辺の工業地帯が拡張する一極型が多いなかで、インドネシアのように地方分権が成功して、地方の中都市が膨張する多極型もあるという。ちなみにその結果として、民族や宗教宗派が地方都市ごとに割拠することになり、全国的な民族、宗教対立が沈静したというのは面白い。

当然だが、アジアのすべてがバラ色ではなく、マレーシアでは従来のマレー人優先政策が今や足かせとなり、タイでは伝統の「国王を元首とする民主主義体制」に限界が見え始めた。にもかかわらず全巻を通読して、印象に残るのはアジア諸国のしたたかさである。

冷戦を生き延び、経済危機と民族対立を克服した今のアジアには、内戦や分裂の危険はない。著者は海洋アジアが民主的なのにたいして、大陸アジアには独裁国家が多いと言うが、その独裁制もあまり暴力的ではない。中国の拡張主義の脅威はあるが、これもアジアは賢明に受け入れ、ときにはミャンマーやスリランカの例が示すように、中国の札束外交を断乎(だんこ)拒否する国も少なくないという。

そのなかで日本の国策がどうあるべきかが課題だが、著者はそれにつけて「超大国」と「大国」を区別することを提唱する。前者は世界政治の基本理念を唱道する国家だが、後者はそれを支持、修正することで理念の実現の鍵を握る国家である。日本はこの「大国」の道をめざすほかはなく、その責任を負うべきだというのが本書の結論である。先のTPP交渉を見ても正鵠(せいこく)を射た説であり、著者の見識はここにきて、日本の世界的な国家戦略の教科書の閾(いき)に達したというべきだろう。
海洋アジアvs.大陸アジア:日本の国家戦略を考える / 白石 隆
海洋アジアvs.大陸アジア:日本の国家戦略を考える
  • 著者:白石 隆
  • 出版社:ミネルヴァ書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2016-02-10
  • ISBN:4623075710
内容紹介:
アメリカを中心とする海洋同盟と中国を中心とする大陸連携、その大きなうねりのなかで、日本が進むべき道とは何か。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年7月24日

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