書評

『バンコクナイツ: 潜行一千里』(河出書房新社)

  • 2018/02/08
バンコクナイツ: 潜行一千里 / 空族(富田克也・相澤虎之助)
バンコクナイツ: 潜行一千里
  • 著者:空族(富田克也・相澤虎之助)
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(292ページ)
  • 発売日:2017-11-29
  • ISBN-10:4309026311
  • ISBN-13:978-4309026312
内容紹介:
日本人向け歓楽街・タニヤ通りで教えられた音楽に導かれ、男たちはインドシナ奥地でアジアと日本を貫く“闇”に出会うドキュメント。

ドラマでもドキュメントでもない境地に到達した映画のメイキング本

『バンコクナイツ』が素晴らしいのは、それが発見の映画だからである。「空族」たちはタイを旅しながらイサーンを、モーラムを、ノンカーイを発見する。その土地を訪れ、そこに住む人々と交流し、その生活を知る。それが世界を発見するということなのだ。まさにその意味で『バンコクナイツ』は世界を発見する映画であった。

アメリ力文学にはアメリ力を発見する文学の系譜があり、そしてアメリ力を発見する映画がある。たとえばジャック・ケルアックの『オン・ザ・口一ド』(57年)という小説がそうである。あるいは『イージー・ライダー』(67年)という映画がそうだった。いずれも旅の物語なのはもちろん偶然ではない。口ード・ムーヴィーとは本来そうした発見の映画なのだ。旅すること、書くこと、撮ることで世界を発見する。

『バンコクナイツ』では、監督兼主演の富田克也がタイを発見してゆくさまがくまさにリアルタイムでとらえられている。バンコク地獄めぐりののち、イサーンへたどりついたときの開放感、それはまさに富田が感じていたことのはずである。もちろんすべてがフィクションなのだが、だがそこにはまちがいなく真実がある。ドラマでもドキュメントでもない境地に映画は到達するのだ。富田克也が監督兼主演として妙に達者な演技で映画を先導するのも、彼らが「空族」なる名前で特殊な映画作りをしているのも、すべてがここに結実する。

『バンコクナイツ 潜行一千里』は映画『バンコクナイツ』のメイキングとなる本である。元はboidのメールマガジンに掲載されていたものを中心にまとめたものであるらしい。そうした経緯のため、本書は富田克也と相澤虎之助という「空族」の2人が現地から実況中継する「作戦報告書」の体裁をとっている。

はじまりは今から10年前、漠然と映画製作の希望を抱き、「空族」たちはラオスに向かう。国境地帯に広がるという阿片畑をこの目で見ようという目的だ。とはいってもそこは「ゲリラ部隊」である「空族」たち、金もなければコネもない。現地コーディネーターを立てて安全に……などという優雅でヌルい取材をしているヒマも余裕もない。とりあえず現地に直行し、それふうのヤツをつかまえて頼みこむ……というほとんど行き当たりばったりの突撃だ。すると絵に描いたように胡散臭い「オレにまかせとけ」が登場し、半信半疑で着いてい<ことになるが、そこで不幸にも富田がひどい下痢に見舞われ(東南アジア貧乏旅行をした人ならみな知っているアレである)、冒険は中断することになる。これ、そのまま行っていたらどういうことになったのか、たいへん興味深いところである(後日「そのまま行ってたら大変だった!おまえたちは運がいい!」と「オレにまかせとけ」氏が言ってくるというオチはついている)。

そうした散々な経験を経て、やがて一行はタイ、バンコクに行き着く。日本人向け風俗が立ち並ぶタニヤ通り、ここが物語の出発点になると思い定めて。出たとこ勝負の活動はその後も続く。ビザラン(観光ビザを延長するため
に国境まで行き、出国と入国をくりかえす長期滞在旅行者の年中行事)のためにカンボジア国境まで向かった帰り道、バスの中でたまたま話をした日本人「シンちゃん」との出会いから、金と欲望渦巻くタニヤへの潜入がはじまるのだ。旅行会社をやっている「シンちゃん」の語る過去話が嘘か真か、というか120%フカシだとしか思えず普通はこんな相手にはついていかない。だが、あえてことの真偽は問わず利用できるものはなんでも利用するゲリラ精神で特攻し、するとその先でタニヤ嬢ジョイと出会う。彼女こそがこの作戦を勝利に導く鍵なのだ……。

やがて来るイサーンとの出会い、そしてラオスでの驚くべき世界との出会いが、『バンコクナイツ』で描かれたとおりに語られる。いや、ここの冒険をそのまま語りなおしたのが『バンコクナイツ』となるのだから、順序は逆か。バンコクからイサーンの森へ、そしてラオスの山岳地帯へ。より深く踏み入るにつれ、マジック・リアリズムの世界がはじまる。その「闇の奥」への旅で出会うものはなんなのか、なぜ「空族」はゲリラを気取り、反抗を唱えなければならないのか。世界と出会う口ード・ムーヴィーがつねに青春映画であるように、この本も優れた青春小説として読めるのだ。
バンコクナイツ: 潜行一千里 / 空族(富田克也・相澤虎之助)
バンコクナイツ: 潜行一千里
  • 著者:空族(富田克也・相澤虎之助)
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(292ページ)
  • 発売日:2017-11-29
  • ISBN-10:4309026311
  • ISBN-13:978-4309026312
内容紹介:
日本人向け歓楽街・タニヤ通りで教えられた音楽に導かれ、男たちはインドシナ奥地でアジアと日本を貫く“闇”に出会うドキュメント。

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2018年2月

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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