「唯一の国」創成した≪想い≫の連鎖
新大陸を「アメリカ」と表記する地図が出た五○○年前から現在まで、この地で語られたさまざまなアイデアを通覧する。アメリカ思想史のコンパクトな意欲作だ。植民地の住民は最初、自分たちがアメリカだと意識しなかった。それが歴史に鍛えられ、独立戦争を戦うネイション(国民)に成長する。世界で唯一のユニークな国、アメリカ合衆国の登場である。
著者は若手の歴史学者。政治家や思想家、宗教者、市井の人びとが残した文書から、その時代の課題や矛盾を丹念に立体的に再現する。文章は流麗で、黒人や女性にもしっかり目配り、さすが新世代の教科書は行き届いている。
全体は時代順に8章からなる。通読すると、人びとの考えが深まり、屈折し、分裂するさまが追える。切れ目は戦争だ。フレンチ・インディアン戦争、独立戦争、南北戦争、米墨戦争、二度の世界大戦、ベトナム戦争、…。でもつながっていてうらやましい。日本の場合は幕末、敗戦で二度折れていて、連続性の確認が大変だ。
もうひとつは国際的な拡がり。イギリス、ドイツ、フランスの思想界から影響を受け、またアメリカの思想が受け入れられて行く。この関係を著者は《環大西洋「文芸共和国」》とよぶ。輸入するだけの日本の知識界と対照的だ。
こんなアメリカ思想史に登場するのは三○○名以上。大事な主張と著作名をあげるだけでも精一杯だ。聖書を先住民の言語(アルゴンキン語)に翻訳した牧師ジョン・エリオット。《神の…憤怒は…燃えさかっています》と、説教で人びとを震え上がらせたジョナサン・エドワーズ。定番の人物から新顔まで、人選にセンスが表れている。紅白歌合戦の舞台裏のように交通整理が大変だったろう。
著者が着目するのは、トランセンデンタリズムとプラグマティズムだ。カルヴァン派ピューリタンから、リベラルなユニテリアニズムがうまれた。ユニテリアンの牧師ラルフ・エマソンは、自然も人間も神的だとして教会を離れ、トランセンデンタリズムのリーダーとなった。チャールズ・パース、ウィリアム・ジェームズらもユニテリアニズムに飽き足らず、プラグマティズムをうみ出した。宗教を尊重しながらも距離をとる、アメリカ独自の新思潮である。
繁栄のアメリカは自信を深め、大恐慌にもニューディールで立ち向かった。第二次世界大戦後、反共の嵐や公民権運動やフェミニズムが一段落すると、ポストモダニズムがアメリカに流入した。フーコーやデリダがよく読まれ、ネイションとしてのアメリカ、自由や人権などの普遍的価値観に疑問符が付されるようになった。すべて構築されたのなら、普遍性も真理もただの人間の想いだ。《普遍主義に抗することと人権を擁護することとが両立しうるのか》。著者はリチャード・ローティのネオ・プラグマティズムに注目する。ただ彼も、明確な結論を出してはいない。
いまアメリカは混乱の極みだ。《ポストモダニズム…が…投げかけた…問い》を前に、《アメリカ市民》は《合衆国に忠節を尽くすべきなのか…世界市民を志すべき…か》でふらついている。著者は結論を急がず、地道に《会話》を続けていくしかなかろうとする。