書評
『地図で読むアメリカ』(朝日新聞出版)
移民大国を形成する地理
もうじきアメリカ大統領選挙。さまざまな予想が飛び交う中、一つ痛感するのはアメリカの各州や地域について日本人はかなり無知だということ。たとえば選挙の帰趨を占う予備選挙が二月に行われるアイオワ州がどこにあるかを正確に言える日本人はごく少ない。著者がアメリカ理解のために差し出すキーワードは地理と移民、とりわけ地理である。というのも、アメリカ大陸の東に聳えるアパラチア山脈と西のロッキー山脈(およびそれに連なる山塊)が移民の移動に大きな影響を与え、それが今日まで続いているからだ。著者はこの観点から二つの山塊を軸にしてアメリカを五十州ではなく、十の地域に分ける。即ち、①ニューイングランド(東海岸)②メトロポリタン・ニューヨーク③アパラチア④サウス(南部)⑤インダストリアル・ノース(五大湖周辺)⑥ハートランド(中央の穀倉地帯)⑦アウトウェスト(ロッキー山塊の麓と砂漠)⑧パシフィック・ノースウェスト(西海岸)⑨サウスウェスト(旧メキシコ領)⑩ハワイである。このうち日本人が知っているのは①②⑧⑩で、概ね民主党支持地域。対するに③④⑤⑥⑦⑨については知識が薄い。だが、大統領選で鍵を握るのは後者である。
まず③アパラチア。アパラチア山脈は初期開拓民の西漸を妨げる壁だった。痩せた土壌で採れるのはカラス麦、ライ麦、トウモロコシ。北アイルランド移民が多く「プワーホワイト」「ヒルビリー」などと揶揄された。工業化時代の訪れで地域は林業や鉱業で栄えるかに見えたが、東部の資本家たちは森林伐採で土地を荒らし、地下資源の収奪で環境汚染を加速させた。「農民は農民でなくなり働き者で貧しい坑夫になった」。そして「これらの事業によって生み出された利益の大半は、地元住民にではなく、その地域以外の外部の所有者のふところを暖めることになる」。この国内植民地的構図が、フロンティアが西漸してロッキー山塊まで伸びたことで⑦アウトウェストでも繰り返された。奴隷解放後の④サウス(南部)でも同じだった。「アパラチア地域アウトウェスト地域、そしてサウス地域に共通するのは、メトロポリタン・ニューヨークの金融業者とインダストリアルノースの銀行家資本家に対する不信感なのである」
ポスト工業化時代を迎えると、今度は五大湖周辺の⑤インダストリアル・ノースが「ラスト・ベルト(錆びた工場地帯)」と化してこれらの地域に加わった。これらの地域は貧困打破を目指して民主党支持になるかと思いきや、個人主義的で宗教的右派、反連邦政府だったこともあり、共和党支持に回った。かくてトランプの当選は準備されたのである。
しからば、今回もトランプはこれらの地域を地盤にして当選するかというと、微妙である。第一は⑤インダストリアル・ノースでオンラインショップ業者が廃工場を巨大倉庫に転用したことにより雇用が戻ってきたこと。第二は⑥ハートランドが時の情勢によって左右に揺れる「スイング地域」であること。特にアイオワ州は、「『風見鶏』的な州」として、風向きを示す指標となっている。
大統領選挙を占うのに役立つ、アメリカという移民大国の本質を理解させてくれる良書。早稲田大学名誉教授だけあって日本人と各地域との関係も詳述されている。
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