後書き

『三人で本を読む―鼎談書評』(文藝春秋)

  • 2020/08/25
三人で本を読む―鼎談書評 / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
三人で本を読む―鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • ISBN-10:4163395504
  • ISBN-13:978-4163395500

閉じられて開かれた会話

対談であれ鼎談であれ、もつと規模の大きい座談会であれ、難しい要諦はただひとつ、出席者がつねに二重の会話を交はさなければならない、といふことだらう。

生身の人間の会話である以上、それは何よりも出席者どうしのあひだで、こはばりのない自然な気分で交はされねばならない。対話の効用は、出席者がそのなかで新しい発見をすることにあるから、大切なのはたがひの謙虚さであり、心の柔軟さだといふことにならう。いひかへれば、座談会に出る人間はその席で自分を変へる余裕を持たねばならず、一座の外からあまり硬直した立場を持ちこんではまづい。その意味で、座談会の場所は閉じられた空間でなければならず、会話はいくらか密談の性格をおびることになる。

昔、中国の庶民の喧嘩は、たいてい見物人をあてにして行なはれ、当事者は脊中を向けあつて、外に向かつて立場を主張するのが普通であつた。座談会は喧嘩とは正反対のものであるから、これは、よき座談の会話がどういふものであつてはならないかを、たくまずして示してゐる。出席者が雑誌の讀者をあまりにも意識して、もつぱら外に向かつて叫ぶのは、はしたないだけではなくて、思索の自由のために有害なのである。

とはいふものの、座談会はやはり讀者のためにするものであり、出席者だけのひとり合点や、自己満足は許されない。学術的であれ藝術的であれ、仲間うちの隠語でしやべつたり、楽屋落ちでほくそ笑んだりするのは、讀者にたいして無礼であらう。この点で、座談の席は開かれた空間でなければならず、会話は出席者の頭を越えて、公けの世界のなかで交はされなければならない。

これは要するに、座談会が本質的に芝居だといふことであり、芝居のせりふはつねに役者どうしのあひだで、しかし、観客のために語られねばならない、といふことにほかならない。だが、これがうまく行くには、もちろん役者の修練も必要であるが、何よりきはめて微妙なアンサンブルが求められる。和して同ぜず、親しんで狎れず、といふやうな微妙な関係の調節が必要なのであつて、成功するにはかなりの時間もかかる。

この三人の讀書会も、これで二回目のシリーズにはいり、通算二年半の時間を閲したわけだが、おかげでやつと、この調節が自在になり始めたやうな気がする。丸谷さんといふ連句の裁きの名手を得て、気心がわかる点では申し分ないし、しかも、三人は性格のせいか、いまも「君子の交じはり」のけじめを守つてゐる。三人が会ふのは月に一遍、もつぱらこのためだけであるが、向かひあへばその瞬間に、話題も酒の酔ひもほどのよいリズムに乗るやうになつた。

考へてみれば、これは座談会の仕事を離れて、純粋な酒の楽しみ方としても理想のかたちであつて、私としては丸谷、木村のお二人はもちろん、「文藝春秋」の編集長、担当編集者の明野潔さん、それに速記の方にも、酒肆の裏方さんたちにも、かういふ機会をあたへられたことに感謝したい思ひである。

【この後書きが収録されている書籍】
三人で本を読む―鼎談書評 / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
三人で本を読む―鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • ISBN-10:4163395504
  • ISBN-13:978-4163395500

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

三人で本を読む―鼎談書評 / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
三人で本を読む―鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • ISBN-10:4163395504
  • ISBN-13:978-4163395500

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
山崎 正和の書評/解説/選評
ページトップへ