書評

『ハピネス・カーブ 人生は50代で必ず好転する』(CCCメディアハウス)

  • 2019/08/11
ハピネス・カーブ 人生は50代で必ず好転する / ジョナサン・ラウシュ
ハピネス・カーブ 人生は50代で必ず好転する
  • 著者:ジョナサン・ラウシュ
  • 翻訳:多賀谷 正子
  • 出版社:CCCメディアハウス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(392ページ)
  • 発売日:2019-06-14
  • ISBN:4484191059
内容紹介:
働き盛り世代はなぜ幸せを感じることが難しいのか?なぜ50代から人生は好転するのか?最先端の研究から幸福感の謎を明らかにする。

道徳色を排した現代の幸福論

「幸福論」の時代は過ぎ去ったと思っていた。幸福という曖昧で主観的な尺度で人生を測り、幸福になるにはいかに生きるべきかを考える時代、あのカール・ヒルティやアランの黄金期は遠く過去になったと思い込んでいた。

人は幸福を語らなくなって、代わりに所得や健康、家や車、子供の成績といった、具体的な価値基準で人生を測るようになった。とくに健康は重視され、血圧、血糖値、肥満度などの数値が人生の努力目標に化したというのが、長く私の先入観になっていた。

だがこの本を読んで、それが私の無学のせいにすぎず、現代もアメリカを中心に、幸福は重要な人生の価値基準であることを知って驚いた。今では幸福論の担い手は心理学者、経済学者に移り、厳密な統計学の手法による考察が進められている。全世界を対象に膨大なアンケート調査がおこなわれ、それを処理した興味深い結論が出されているらしい。

要点を先にいえば全世界の多様な国で、幸福の度合いは年齢に応じて同じU字型の曲線を描き、40歳代~50歳代がもっとも幸福度が低いという結果が出た。米、英、独の先進国でも中南米、中国、ロシアでも、社会の状況と無関係に、この「ハピネス・カーブ」はほぼ正確に同じ軌跡を示したというのである。

普通、中年といえば人生の円熟期であり、地位も業績も頂点をきわめ、余命にも恵まれて幸福度は最高だろうと思われる。それが正反対のデータが得られたというので、著者のラウシュはまず発表した何組もの研究グループの面接取材を試みた。というのは著者自身がまさに中年の盛りを過ぎ、ジャーナリストとして年齢相応以上の成果を上げながら、なぜか言い知れぬ不安と失望を実感していたからである。

どの研究者からも合理的な回答を受け、説得された著者はさらに身辺に注目を向け、みずから同世代の悩める男女と人生相談を始める。驚いたことに中年の告白はあまりにも似ていて、青春期の奮闘のわりに現在の収穫が乏しく、しかも一家を成したために、その不満を誰にも語れないという思いに悩んでいた。長い本の大部分をこの対話が占めるのだが、そこには著者の秘密が隠されているのである。

私も半信半疑で読み進んだが、どうやら中年の心の危機は客観的事実であるらしい。解説の田所昌幸氏によると、日本では危機の終わりが遅く、U字型カーブがL字型を描くという説もあるという。その事実を自覚していない日本人が多いと思われるが、著者によるとまさにそれが問題の本質なのである。

かつて人類は青春という概念を持たなかった。10代後半には仕事に就き、その年代特有の悩みや不安を誰にも注目されず、青春は不幸な空白時代であった。現代では中年がその空白期にあたり、多くの人が苦しみながら自他ともにその事実に気づかないでいる。

だとすれば問題の解決もわかったようなもので、社会が中年を危機の年代だと認め、その不幸をともに分け持つことが鍵になる。つまりは著者が実践した身の上相談を広く制度化し、悩みを語れない悩みを解消することが手がかりになる。中年自身は狷介(けんかい)な自尊心を捨て、社会は中年を引き込んで、互いにみずからを語り合う習慣を養うべきだろう。

巻を伏せて、幸福論が伝統的な道徳色を捨てたという感慨を覚えた。幸福は内面の自律の問題であり、「幸福とは美徳」そのものにほかならないという哲学は廃れ、その座を社会福祉に譲りつつあるようである。
ハピネス・カーブ 人生は50代で必ず好転する / ジョナサン・ラウシュ
ハピネス・カーブ 人生は50代で必ず好転する
  • 著者:ジョナサン・ラウシュ
  • 翻訳:多賀谷 正子
  • 出版社:CCCメディアハウス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(392ページ)
  • 発売日:2019-06-14
  • ISBN:4484191059
内容紹介:
働き盛り世代はなぜ幸せを感じることが難しいのか?なぜ50代から人生は好転するのか?最先端の研究から幸福感の謎を明らかにする。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年7月21日

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