前書き

『生きるコツ』(毎日新聞出版)

  • 2021/01/25
生きるコツ / 姜 尚中
生きるコツ
  • 著者:姜 尚中
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(208ページ)
  • 発売日:2020-11-30
  • ISBN-10:4620326550
  • ISBN-13:978-4620326559
内容紹介:
著者もいよいよ70歳! 『悩む力』から12年、政治学者で東大名誉教授の姜尚中が人生100年時代に放つ「後半生」の生き方論。
100歳以上の高齢者は2020年9月時点で8万人を超え、日本は世界有数の長寿国となっています。さらにコロナ禍も重なり、健康や経済面に不安を感じている方も多いのではないでしょうか。政治学者で東京大学名誉教授の姜尚中さんは、2020年8月に70歳になりました。長寿社会を肯定的に捉えるために、先例のない長い老後と私たちはどう向き合い、生きればよいのか。留意すべきことは何か。中高年層を中心に絶大な支持を得ている姜さんが、人生100年時代における「老い」の意味と可能性を追求します。
 

ミリオンセラー『悩む力』から12年、古希を迎えた姜尚中の真骨頂!

人生にプロとアマの違いがあるだろうか?

プロであれば、その道の専門家として素人よりははるかに事情に精通し、道を極めているはずだ。では人生を極めることは可能だろうか? そんなことはできるはずがない。なぜなら、どんな人間も死を免れず、その死という未知の世界を極めた人は誰もいないからだ。

確かに、臨死体験やそれに近い体験で、かろうじて死の間際から生還した例はあるに違いない。しかし、生と死の間を行ったり来たり融通無碍に往来し、生と死の境がないような世界を極めた人は一人もいないはずだ。死が何であるのか、その謎を解明しようとしたところで、所詮、それは生から見た死にすぎない。とすれば、死を免れない私たちはみな、人生のアマチュアと言えるのではないか。

それでも、古今東西、人生論や生き方論は哲学者や賢人、さらには聖典の教えも含めて数え上げたらキリがない。また、最近ではどんな生き方が賢いのか、どうすれば不安を取り除けるのか、失敗しない人生はどうしたら可能なのかなど、科学的な診断や精神論も含めて、実に夥しい数のノウハウ本の類が氾濫している。

でも健康な人が、自分の一挙手一投足、その動きをことさら改まって詮索することはないように、生きることに満足していれば、必要以上に人生論や生き方論に目を向けることはないのではないか。とすれば、人生論や生き方論、あるいはそのノウハウ本が流行る時代は、生きることに満足できない不健康な時代なのかもしれない。

そして新型コロナウイルス感染の世界的な拡大という伏兵で、人生に満足できない、満たされないという感情はより増幅されそうだ。異端の経済学者が見抜いたように、コロナ禍の只中で私たちは一握りの「豊かな人々」の満足度を高めるために政治が回り、その恩恵が普通の人々を含めて全体に滴り落ちていくはずだという幻想から覚めつつある。それを異端の経済学者、J・K・ガルブレイスは著書『満足の文化』の中で見抜いている。一部の人たちだけに許されていても、多くの人たちはむしろ、「不満足の文化」の中で不安に苛まれたり、焦燥感に駆られたり、時には絶望に駆り立てられたりしているのである。

極端に言えば、「満足の文化」の中で微睡んでいる「豊かな人々」には、凡百の生き方論や人生論の「ノウハウ」など読むにも値しない「ジャンク(紙くず)」に過ぎないのではないか。きっと「不満足の文化」の中で不安を解消し、心の平衡を取り戻したいと願っている人々ほど、人生論や生き方論、その簡便な「ノウハウ」を買い求めているに違いない。

ただ、そうしたものが、もし『満足の文化』を雛がたにして、「満足の文化」の仲間入りをするためにはどうしたらいいのかを説いているとすれば、それは本書の趣旨とは水と油の関係にあると言える。なぜなら、かく言う私が、長きにわたって「満足の文化」の影響下にひたすら「豊かな人々」の仲間入りを目指した挙げ句、そのマインドコントロールから脱してやっと本書を書く気になったからだ。

「満足の文化」の垂範的な影響力は絶大で、長年にわたって私も中央を目指し、その圏内に少しでも近づくことが、人生の勝者、あるいは幸福の印と思い込んでいたのである。でも、さまざまな人生の曲折を通じて、私は還暦を過ぎた頃から、そうした思い込みの憑物が剥がれ落ち、一握りの「豊かな人々」の「満足の文化」とは違う、「身の丈の豊さ」の「平穏の文化」があることを知るようになった。カネや地位、名誉や権勢に恵まれた人々の「満足の文化」とは違う「平穏の文化」とはどんなものなのか、それは本書を読んでいただければ具体的なイメージがつかめるはずだ。

タイトルを「生きるコツ」としたのは、人生のプロを気取って範を垂れようとしているからではない。むしろ逆に私がどんなプロセスを経て「平穏の文化」にたどり着いたのか、それは具体的にどんなものなのか、それを知ってもらうためである。この場合の「コツ」とは、プロがアマチュアに語る「要領のよさ」ではなく、「物事の芯になるもの」を指している。

[書き手]姜尚中(東京大学名誉教授・熊本県立劇場理事長兼館長)
生きるコツ / 姜 尚中
生きるコツ
  • 著者:姜 尚中
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(208ページ)
  • 発売日:2020-11-30
  • ISBN-10:4620326550
  • ISBN-13:978-4620326559
内容紹介:
著者もいよいよ70歳! 『悩む力』から12年、政治学者で東大名誉教授の姜尚中が人生100年時代に放つ「後半生」の生き方論。

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