解説

『習慣の力〔新版〕』(早川書房)

  • 2019/08/28
習慣の力〔新版〕 / チャールズ・デュヒッグ
習慣の力〔新版〕
  • 著者:チャールズ・デュヒッグ
  • 翻訳:渡会 圭子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(422ページ)
  • 発売日:2019-07-04
  • ISBN:415050542X
内容紹介:
依存症の治療にも、ヒット商品誕生の陰にも習慣あり! 良い習慣を身につけ、悪い習慣を減らす極意を伝授。新章を収録した決定版。
アルコール依存症の克服からスターバックスの社員教育まで、豊富な事例をもとに「習慣」の威力を説き、それを味方につける秘訣を書いたミリオンセラーが「新版」で登場。
『百ます計算』で有名な隂山英男先生が、長年の教師経験に照らして、生活習慣の威力を語ります。

習慣を変えれば、人生すべてが変わる

歯磨きと勉強

本書『習慣の力』の旧版オビには、「習慣を変えれば、人生の4割が好転する!」、と書かれています。これは不思議なほど控えめな表現であり、私はあえて「習慣を変えれば、人生すべてが変わる」と言ってもそれはあながち嘘ではない、と思っています。

本書はアメリカ人のチャールズ・デュヒッグによって書かれています。そのため「ハビット」という単語がキーワードとして何度も出てくるわけですが、この本を読んでいくと、それは毎日繰り返される日常の人間の行動すべてを包含している言葉であるということに気が付きます。

この本の中における「習慣(ハビット)」は、日本語により近い言葉を探すとするなら、「習性」、「中毒」、あるいは「洗脳」といった、違った意味合いのものも含んでいます。一方、もう一つ日常的に繰り返される行動に関して、その表現に「ルーチン」という言葉を使っていますが、これは私の中で「反復」という言葉に訳してみると、一層そこに書かれた内容がリアルにとらえられてきます。

私の仕事の枠組みの中で考えると、学力こそ習慣の質によって形成されるもので、「勉強すれば学力がつく」、というのは全くの思い込みであり、現実に、学習方法を間違えれば伸び悩むどころか学力が破滅的に壊れていくことだってあるのです。しかし、そこはアメリカ、合理的・実証的な実験やその成果によって、禁煙するにはどうすればいいか、人々に必要ないと思われていた商品をいかにすべての人に買わせることができるか、みんなの力で業績を上げようという会社組織は、きちんとしたルーチンがなければ業績を上げるどころか様々な事件や事故の温床になる、ということを具体的に示していきます。私たちがこの本から提起される具体的な改善事例やその原理を学びながら、どう自分の生き方に生かしていけるか、私はそのことについて、いくつか提案をしたいと思います。

例えば「空気を吸うように勉強しよう」、と言ってもそれは現実的ではありません。「空気を吸う」というのは生きるための本質的な行為だからです。ではどのように勉強しようか、と考えました。それが歯磨きでした。歯磨きは当然虫歯を予防するための取組みですが、日常的に歯磨きをしている人間にとっては、むしろ歯磨きをしないことは気持ちの悪いことであり、虫歯の予防という本質的な目的を意識せずとも人は歯磨きをします。ですから私は「歯磨きと同じように勉強しよう」、と子どもたちに語っていました。しかし、この本では歯磨きの習慣のなかった人に「朝起きれば歯を磨く」という習慣を作ることに成功した事例を紹介しています。

その突破口となった事例がペプソデントという練り歯磨きです。人々に歯磨きの習慣を作り出したのはクロード・ホプキンスという人でした。当時、アメリカでは甘い加工食品が広がり、人々は虫歯に悩まされていました。特に戦地に向かう新兵にもそれが広がり、虫歯問題は国の安全を脅かすほどになっていたのです。その対策として歯磨き粉が考案、発売されたものの、全くそれは広がっていませんでした。

確かに習慣のないところに、練られた歯磨き粉を口の中に入れるというのはハードルの高いものです。そこで彼は、「歯にはくすんだ膜が張りついていて、それをペプソデントがはがして、歯を美しく見せる」と女性にアピールしたのです。それは二週間ほどは全く反応がなかったものの、三週目には人気が爆発し、注文に生産が追い付かないほどになったというのです。この、「歯の膜を取り去る」ということをきっかけとして、「歯が美しくなる」という報酬を与える、そのことによって「毎日歯を磨く」というループが生まれ、爆発的なヒットにつながっていったのでした。こうしたことは、学習習慣の確立に生かせるかもしれません。

CMでおなじみのあの芳香剤も……

きっかけ(歯の膜)と報酬(美しい歯)というわかりやすい二つの原理のほかに、見落とされていた第三の原理として消臭剤ファブリーズがヒットした理由が挙げられています。元々ファブリーズはあらゆる悪臭を断つものとして優れた商品でした。そして、臭いに悩む人には悩みを一気に解決してくれる素晴らしいものでした。でも、売れないのです。

結局このファブリーズを日常的に使っている人の行動を分析すると、単に消臭のためではなく、一通り掃除をした後、わずかに心地よい香りをつけるという意味でこのファブリーズを使っていたのでした。掃除という誰しもが行う日常の営みの中に、心地よい香りを漂わせるという習慣を付加することでこのファブリーズは突然ヒットするようになったといいます。そこには単なる「報酬」にとどまらず、掃除を終えた後、心地よい香りの中で過ごしたいという「欲求」を生み出したということを第三の原理として読者に提示しています。

このように人間の一つの欲求に沿う流れの中で、新しい習慣が生まれてくるということが分かったのです。私はこの「習慣」が個人の生活の中から自然に生まれるものではなく、ビジネスの中で意図的に生み出されてくるということに衝撃を受けました。

私がヘビースモーカーを卒業できた理由

一方、個人の生活習慣の改善については、禁煙やダイエットのことが解説されており、意外にもそのアドバイスはシンプル、かつ実用的で私自身にも経験があるので、なるほど、と思いました。それは良くない生活習慣を全部改めるのではなく、その原因を分析し、きっかけとその結果をつなぐ真ん中の習慣(=キーストーン・ハビット)を別のものにおきかえるという発想です。

私は20代前半ヘビースモーカーで、一日に二箱は煙草を吸っていました。当然体調は悪く、学校の教室で煙草を吸うわけにはいかないので、吸えるところで集中的に吸うという不健全な生活をしていたのです。そして、この習慣から抜け出すために自分を分析しました。

原因は慣れない仕事のストレスや、先の見えない自分の将来への不安でした。ですから、煙草を吸いたくなった時は体を動かし、仕事のことを忘れるようにしました。そして、少し調子が良くなれば、そうした不安がなくなるよう、逆に仕事について必死に研究し、工夫改善を始めました。その当時、本を買う費用は高いものでしたが、未来への投資と思い際限なく本を買い、読み、そして没頭しました。体調が良くなり仕事の内容が改善されれば、不安やストレスは解消していきます。そしていつの間にか、煙草はいらなくなっていました。

私が尊敬しているアナウンサーの久米宏氏がかつて、「仕事がうまくいかないときの解消法はいい仕事をするしかない」、と言っておられましたが、まさしくその通りと思います。ストレス解消には真正面から切り込んでいくというのが実は一番の近道であるのです。

また、まず何より、小さくとも成功の事実を生み出すということも重要です。成功の事実は個人に自信を与え、一つの習慣の改善は、その人の習慣全体の改善へと波及していくのです。作者はこれを「キーストーン・ハビット」と呼んでいますが、これはとても重要なことと思います。多くの問題を抱えている人間が、それらすべてを一度に改善しようとしても困難であり、失敗してしまえば自信ではなく挫折感を与えてしまいます。

この「キーストーン・ハビット」を何に置くか、ここに「習慣の力」を定着させるためのカギがあると思います。

この本は、「人生を変えた本」として今後も長きにわたって多くの人に読み続けられるのではないか、私はそんな風に思います。

(一部抜粋)

二〇一九年六月

[書き手]隂山英男(一般財団法人基礎力財団理事長・隂山ラボ代表)
習慣の力〔新版〕 / チャールズ・デュヒッグ
習慣の力〔新版〕
  • 著者:チャールズ・デュヒッグ
  • 翻訳:渡会 圭子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(422ページ)
  • 発売日:2019-07-04
  • ISBN:415050542X
内容紹介:
依存症の治療にも、ヒット商品誕生の陰にも習慣あり! 良い習慣を身につけ、悪い習慣を減らす極意を伝授。新章を収録した決定版。

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