後書き

『世界の核被災地で起きたこと』(原書房)

  • 2019/03/27
世界の核被災地で起きたこと / フレッド・ピアス
世界の核被災地で起きたこと
  • 著者:フレッド・ピアス
  • 翻訳:多賀谷 正子,黒河 星子,芝 瑞紀
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2019-02-27
  • ISBN:4562056398
内容紹介:
ベテランジャーナリストが、世界各地の事故・被曝現場、放射性廃棄物を抱える地域を取材。いま世界が直面する問題をリアルに説く。
反対か、賛成か。推進か、廃絶か。
まずは世界中の「核の現場」に行ってみた――。
人類は核の被害をいかに被ってきたか。著名環境ジャーナリストが、福島はもちろん世界各地の事故・被ばく現場、放射性廃棄物を抱える地域を取材。原爆以降の人類の核被災の歴史を一望し、いま世界で何が問われているのかを明らかにする。

世界中の「核の現場」に行ってみた

本書の原題「Fallout(フォールアウト)」とは、核実験や原発事故によって大気中に放出された放射性物質のことであり、本書の全篇を貫くテーマとなっている。

ピアス氏はロンドンを拠点に活動している世界的に著名なジャーナリストである。これまで85か国を取材してまわり、環境、科学、開発問題に関する記事を精力的に寄稿する一方、14冊の著書も発表している。その著作はこれまで24か国で翻訳されているという。邦訳も9冊刊行されており、ノンフィクション作家として定評がある。

なぜ本書を書いたのか

本書は、そのピアス氏が世界の核被災地に自ら足を運んで取材し、そこで実際に目にした現状や、取材した人の話などを織り交ぜながら、核に汚染された当時の状況、その原因と問題点などをルポルタージュ形式でまとめたものだ。このテーマはピアス氏が環境ジャーナリストとしてのキャリアを築くなかで何度も書こうと思いながら、なかなか書けずにいたものだったという。

あるとき、イギリスのセラフィールド(イギリス最悪の原子炉火災事故が起こったウィンズケール原子炉のあった土地)を訪れる機会を得たピアス氏は、放射性物質が多量に含まれている海岸沿いの泥と、貯蔵庫内にある大量のプルトニウム在庫を目の当たりにする。そのときに受けた衝撃がきっかけとなり、世界中の核被災地をまわろうと決意したそうだ。その成果が本書である。

原題の副題にあるとおり、被爆地から放射性廃棄物によって汚染された地域まで、じつに多くの現場を訪れて取材したうえで書かれている。これほど多くの場所の情報を一冊の書籍にまとめたものは、ほかに類を見ないだろう。各章では当時の状況が生々しく書かれ、事故が起こった原因が鋭く指摘される。現在の核被災地の状況もありのままに伝えられており、読みごたえのあるノンフィクション作品に仕上がっている。70数年におよぶ核の歴史を知ろうとするとき、最適の書と言えるだろう。

こんなにもあった世界の核被災


日本人には福島の原発事故の記憶が生々しいだろうが、本書をお読みいただいた方は、世界には核によって汚染された地域がこれほどまでに多いことに驚かれるかもしれない。また、アメリカ、イギリス、ソ連(ロシア)、フランスなどの大国が原子力開発競争に明け暮れる陰で重大な事故がいくつも発生していたこと、原爆や水爆の実験、原発の事故によって世界中にフォールアウトが拡散されたこと、この世界にはもはやフォールアウトのない安全地帯などないことに空恐ろしさを覚えるかもしれない。

だが、ピアス氏はただ恐怖心を煽っているのではない。ジャーナリストらしい視点で、核反対派、核擁護派、それぞれの主張を丁寧にすくいとっている。放射能が人間に及ぼす影響が実際にどの程度のものなのか、まだ解明されていない部分も多いこと、原子力の民間利用は思っているよりも安全であることも本書では指摘されている。そのうえで、政府がこれまで原子力に関する情報を秘匿、隠蔽してきたことこそが問題であり、国民の信頼が得られないなかで原子力が発展を続けることはない、と断言している。

インタビューでピアス氏は、いまの私たちは核兵器がある状況に慣れきってしまっていて、それはとても恐ろしいことであると述べている。さらに、核廃棄物は絶対に次世代に残してはならないとも述べている。本書は、著者が人類に警鐘を鳴らすために書いた一冊と言えるだろう。

放射能は幽霊のような存在

さて、冒頭で触れた原題の「Fallout(フォールアウト)」だが、本書では「放射性降下物」という意味のほかに「副次的な影響」という意味でも用いられている。核実験や事故によって生まれたのは放射性降下物だけではない。原発事故によって人々のあいだに放射能に対する根強い恐怖心が生まれたが、実際の汚染物質のみならず、こうした目に見えない影響も事故の「フォールアウト」なのだ、と著者は指摘する。福島の事故では、こうした恐怖心から命を落とした人さえいる。

放射能は目に見えない。音もしなければ、臭いもない。幽霊のような存在だ。放射能の何がどれほど危険なのかもわからない。だからこそ、恐怖がつのる。原子力業界は、こうした副次的な影響を人々に与えた責任からけっして目を背けてはいけない、と著者は主張している。これには読者の多くが共感することだろう。

広島、長崎、福島は世界からどのように見られているのか

本書が著者の広島訪問で始まり長崎訪問で終わることも、日本の読者にとっては意義深いと感じられるかもしれない。広島、長崎への原爆投下は、まさに核時代の到来を告げるものだった。日本にとって衝撃的な出来事だったが、それは世界にとっても同じだったことがわかる。

広島と長崎で起こった悲惨な出来事が世界ではどのように受けとめられているのか、原爆投下に至るまでにどんなことがあったのか、その裏側の事情はどうだったのか――それらについて日本の外側からの視点で書かれたことには大きな意味があると感じる。福島の事故についても同様だ。事故の詳細や、著者が取材をとおして見た現地の様子は、世界の人々の目にどのように映るのか。福島の事故もまた、日本の問題だけにとどまらないだろう。

先日(2019年2月)、トランプ米大統領が中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄するとロシア側に正式通告し、両国の間で緊張が高まりつつある。世界はふたたび冷戦時代へと突入するのだろうか。そんな懸念を多くの人が抱いていることだろう。朝鮮半島の非核化も大きな課題だ。こんな時代だからこそ、本書はぜひ多くの方に手に取ってもらいたい。同時に、核は扱い方次第で人間の命を脅かす存在にもなりうるという事実を人間がけっして忘れることのないように、この先も長く読み継がれる一冊になることを切に願っている。

[書き手]多賀谷正子(翻訳家)
世界の核被災地で起きたこと / フレッド・ピアス
世界の核被災地で起きたこと
  • 著者:フレッド・ピアス
  • 翻訳:多賀谷 正子,黒河 星子,芝 瑞紀
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2019-02-27
  • ISBN:4562056398
内容紹介:
ベテランジャーナリストが、世界各地の事故・被曝現場、放射性廃棄物を抱える地域を取材。いま世界が直面する問題をリアルに説く。

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